ブログの渋谷

矛盾

2014年12月05日

マネジメントは、ほぼすべてが矛盾や対立、パラドックスの中にある。
答えが一意の問題は、マネジメントの意思決定には存在しない。
そういうものは、機械やマニュアルが答えてくれる。
二律、三律、いやそれ以上が背反して選択肢となり、そのすべてに論拠がある中で、意思決定をするための

軸、プリンシプルを持っておく必要がある。
こういう矛盾の中でも、やはりヒトの心が絡むケースは対応が難しい。

ルールを破ったり、モラルに違反したりって場合には、厳しく注意せざるを得ない。
しかし、厳しく批判すると、その内容如何に関わらず、ヒトは萎縮し自律性を失う。
本来は、愛情を持って接することが重要だと常に思っているにも関わらず、相手がそのことに甘えてしまって、

結果的にニセモノを作り上げるプロセスに加担してしまっては、お互いに不幸だ。
では、甘えに繋がらないように厳しく指導すると、自律性を失う...
結局は、振り子のようなものか...
組織の形態を、所属毎の縦の統制にしたり、マトリックスにしたり、事業部単位にしたりっていう、振り子にも

似ている。

Tom Burns and G. M. Stalkerの、機械的組織、有機的組織も、そういう揺れ動く組織の状況によって変化する

ものだと思う。

結局は、バランスだな...なんて凡庸な結論に至ってしまうわけだが、それにしても一定のラインまでは軸・プリン

シプルが、そのバランスを決するのかな。
私は、ヒトの心が絡む問題が不得意(笑)
属人性が出てしまって、合理的な判断を見失うことがある。

ここは、何が何でも乗り越えないとな。
 

 

 

  • 投稿者 shibuya

信じてもらえるか?

2014年11月13日

ちょうど今は、ここ10年程度のスパンで一番しんどい時期。(まぁでも楽しくもあるんだけど)

未整備なことも多いのでこれを整備しながら、事業の成長とリアルな収益も並行して獲得していく。

余裕はないから、少しムチャをしないといけないことも多く、みんな疲弊してくる。

結局は、会社で起こることのすべては最終的に自分の責任であって、自分の実力を映す鏡。

しんどい状況になってしまっていること自体が自責だな。

とは言え、安閑としてイノベーションの創造や、高い品質や、更なる成長と収益の確保が簡単にでき

るかと言えば、それはとっても難しい。

んなことは、誰でもわかっていること。

それが気楽に簡単にできるんなら、誰でもやってるわな...
難しいけど、現状維持でいいかと言えばそんなことはなく、20年30年50年先のことを考えれば、

ここは一歩前へ!進むしかない。

それが、この社会に生きる私たちの世代が、次の世代に向ける責任だと思う。

なので、少しムリをしてでも、ここはやりきりたい。

それが社長である私の意志だ。
ここを乗り越えれば、必ず一歩成長した自分たちがいるはず。

もちろん、その先にはまだ見ぬ、高い峰々が聳え立っていて、次のチャレンジをするんだが、まずは

ここを乗り越えないと、次の山も見えてこない。

こういう未来の話って、結局は信じてもらえるかどうかだけ。

素直に信じれなかったり、くだらんプライドや自己保身からチャレンジしなかったりの人たちは、

必然的に離れていくな。

負荷に対峙すると、そういうものも見えてきてしまう。
私としては、全員で成長することを望んでいるんだけど...

結局、最後の最後は、信じてもらえるかどうかかな。

「信頼」に尽きるな。

厳しいことを言っても素直についてこれるかどうか。

私は絶対にウソをつかない!
ホラ吹きだと言われても、結果的にやり切ればイイだけの話。
なかなか高いハードルだが、一度きりの人生、チャレンジしないと!
まずは、人に信じてもらえるか?の前に、自分で自分をどこまで信じきれるか!
 

 

  • 投稿者 shibuya

淘汰ではない!全員が成長するプロセス

2014年10月29日

会社が全体として次のステップを目指せば、当然混乱も起こるし、負荷も高いし、一つ一つの現場には、
しんどいことも起こる。
では、そういう混乱を持ち込まないように、次のステップへ移行する意思決定もせず、平々凡々と

日々を送ることが、「安定」なのかと言うと、当然そんなことはない。
“水は流れているからこそキレイなのであり、流れが止まると澱んでいく”
「安定」とは、常に流れがあり、負荷のある状態のことを言う。

何もしないことは、数年先の崩壊を意味する。
なので、この流れがあって、負荷のある状態を、意思を持ってコントロールしていることが大切。
このプロセスにおいて、社員全員が一歩ずつ成長していくことができれば良い。
だが、こういった混乱や負荷が、コントローラブルではなく、耐えられない状況に陥るケースがある。
そうすると、強いものや要領の良いものが残り、弱いものや要領の悪いものが去っていくということが

ある。
これをある人からは「御社が次のステップに進むためには、そういう淘汰があって当然。それを経て

会社は強くなっていく」と言われたことがある。
当時は、まぁそういうことかなぁ~なんて思っていたが、実際にそういうプロセスのど真ん中にやって

きて、「やっぱり違う!」とハッキリと思う。
今までの何が良くて何が悪いかすらハッキリしない中で生き残れた偽者が、炙り出されることによって、

早々に去っていくというケースは、これは仕方ないなと思う。
だけど、もともと強くは無いが自分なりに真摯にがんばっている人たちが、淘汰されるということは無いし、

もしそのような状態なのであれば、次のステップを目指すプロセス自体を止めた方がいい。
なので、こういうプロセスは弱いものの淘汰ではない!真摯な全員が各々のスピード感で成長するための

プロセスである。
私自身も、こういうプロセスに入ってこない限り、リアリティを持って感じることができなかったが、

今はハッキリと言える。
もっとそういうメッセージを強く打ち出すべきだし、「淘汰はあって当然」と言われてきたことを、真に

受けていたことを反省すべきだな。
「全員で成長する!一歩ずつ」
当たり前の話なんだが、いろんな環境や状況から、その当たり前の意志が弱まっていたか...
今一度!

 

  • 投稿者 shibuya

2015新卒内定式

2014年10月02日


 

来春入社予定の新卒6名の内定式が、10/1執り行われた。
内定式後に、本社メンバーで記念撮影。
来春から、一緒に働けるのを楽しみに!
当社は、いろいろあれど新卒社員のがんばりに支えられている面がある。
本当にありがたいこと。感謝!

 

  • 投稿者 shibuya

厳しい指導

2014年09月24日

“反論できない立場、服従すべき立場にいる人に対して、思想のない単なるわがままから来る

指導と言う名の暴力的表現は絶対に許されない”
これは、いわゆる中学・高校などの部活指導者にありがちなこと。
先生に対して反論できるはずもなく、服従するしかない相手なのに、それをいいことに暴力・

体罰・人格否定・暴言を繰り返すというやつ。
もちろん、この体罰などは論外だが、暴言と言うレベルでは、ギリギリ線引きは難しいもの。

特に団体競技であれば、レギュラー争いなんてこともあるから、余計に反論できない。
少し前に、高校での体罰が社会問題となったが、まさに同じ論理だろう。
しかし、この問題でも中身をキチンと詳細に見てみると、いろんなケースがあると思う。
例えば、チームの和を乱し、当然やるべき約束事を守らず、基本を疎かにする選手に対し、

優しく自律性を求めて話をし、本人の自覚を促すだけで、本当にギリギリの勝負が求められる

チームスポーツにおいて、問題が修正されるだろうか?

幼いわが子に、道路信号を守らせるのに、薀蓄が必要だろうか?
これは「しつけ」の要素であって、否応無しに社会性を守らせることが、この社会で生きていく

ために絶対のことだ。
中学・高校の部活で、この「しつけ」という要素のことであれば、それはそれで厳しく指導を

する必要はある。もちろん、体罰などは論外だが。

だから、中身によって、状態によって、環境によって、対応は違うということ。

 

この問題は、仕事の場面においても、同様のことが言える。
私自身、このギリギリの淵に常に身を置いていると思っている。
自分の弱さから、ダークサイド側に転げ落ちることもあった。
ここでは書ききれないほどの多くの要素が絡んだ上で、ベストだと思われる選択があるので、

真理を定義することは不可能だと思っているが、かといってギリギリの淵に我が身を置かずに

うわっつらなキレイ事だけで済ませるようでは、真理の欠片すら見つけられない。
しかし、持続可能な状態を組織に求めるなら、トップや管理職の属人的要素だけで何とかしようと

思うのは本来間違いだ。

だから、この問題を回避する一助として、仕組みと風土が必要である。
360度評価みたいなものもあるだろうし、閉鎖的な環境を取り除き、できる限りオープンな環境を

維持することも良い。
さらに、管理職に求める真摯さや、正直さ、またそれを醸成するフィロソフィーや風土なども、日々

意思決定にまで根づいている必要がある。
こういう状態にまで昇華することは、本当に難しいと思う。
だけど、求め続けないと、そこには近づけない。
見る夢にも、責任を持てないといけないな!

 

  • 投稿者 shibuya

若さ

2014年08月27日

当社の平均年齢は、31歳である。
51歳以上で私より年長の社員は、3~4人しかいない。
なので、お客様のところにご訪問する営業系の社員も当然若い。
これが、頼りないとか、軽いとか、安心感が無いとか、思われることもきっとあるんだろう。
いろいろと百戦錬磨な振る舞いができてなくて、危ういと思われるのかも知れない。
だけど、私たちはこの事業に信念を持って携わっている。

だから、中途半端な駆け引きはしない。

とにかく、正々堂々と王道を若い社員に突き進んでもらう。
今時珍しいのかもしれないが、とにかく真摯に、とにかく全うに仕事をしようと思っている。
若い営業社員たちは、そういう風土をしっかり受け止めてくれていて、ウソのない営業を

やってくれている。

それが通用する時代、いやそういうスタンスが必要とされる時代へと変遷してきたとも思って

いて、これこそが当社の価値の一つであり、当社の強みでもあると言い切れる。

お客様には、不安を持たせてしまっているかもしれず、それは大変申し訳ないと思う。
しかし、当社は絶対にやり切ります。
社内のやり取りをお客様が生々しく聞かれれば、当社がどれだけお客様本意に考え、真摯に

お役に立とうと思っているかご理解いただけると信じている。
確かに、老獪な手管を繰り出せる社員はいないが、全員が真摯であることは胸を張れる。
本当に、素直に動機付けを持ち、正々堂々と戦っている若手社員は、私たちの次代を担う宝だ。


 

  • 投稿者 shibuya

清洲会議

2014年08月26日

三谷幸喜監督作の清洲会議をDVDで観た。今更だけど...
たぶん、フツーに観ていれば、愛すべきキャラクター達の人間模様と、秀吉の「ひとたらし」ぶり

を、おもしろいって思うんだろう。
私は、この映画を観終わって、とても苦しかったし、情けなかった。
目標に向けて、これだけ面の皮厚く、おもしろおかしく、大らかに、したたかに、事業を、経営を

やり切れているか?と問われれば、命を取られることすら無い悠々とした現代において、そんな
精神の強さはどこにも無いなと。
映画なんだから別に深く考えなくても...と言われればそれまでだけど、自分の心情には正直でいたい

もの。

とにかく情けなく感じた。

 

本日、外部の方との会議でも、予算達成についての話に及んだ。

まだまだできてない。
時には、会社の目標よりも、自己の感情を優先させてしまい、ついつい優しくしてしまっていること

すらある。

コーチングとか、自律的とか、そんなキレイ事で全て片付くなら、誰だって苦労はしない。

性善説か性悪説かなんて、画一的な概念で語れるわけも無い。

しかし、1つだけハッキリしているのは、「目標を達成させることが善である」ということ。

そのために、使える手はドライに徹底して使う。

もちろん、私たちのフィロソフィーに基づいて。

もっと徹底しよう!
群れずにやろう!
大事なことは、自分がどうしたいか。

目標を達成させ、目的に一歩でも近づく。
3年以内に、これをやる!と改めて強い決意を持って。

「やり切る!」が最近弱くなっていたな。今一度!

 

 

  • 投稿者 shibuya

負荷

2014年08月11日

6月で決算を終え新年度を迎えた当社では、著しく業務負荷が増してきている。
統治を強め、内部統制・予算統制を強化し、コンプライアンス意識も高める。
そりゃ業務として、時間的、精神的な負荷が高いのは、特に現場は当然であろう。

このフェーズで、いろいろと見えてくるものがある。

その人の働く動機付けや、当社という社会に属する意志や、この事業を遂行しようとする志や、

負荷への耐性や、責任感など...

もっと大袈裟に言えば、「生きる意味」
“もともと無意味な人生に意味を与えること”とは、アドラーの言葉だが、本当にそういう意味を

持てているかどうか、上っ面なキレイ事ではなく。
そんなものまで透けて見えてくる。

会社が変わる、自分が変わる...
自分が成長し、会社も成長する...
そんな言葉の本当の難しさを、負荷に対峙した際の人の振る舞いで気づかされる。

そして、一番試されているのは、私自身の人間力。
順境の時には、真に深い人間力の部分にまで、負荷が影響することも少なかったが、今は違う。

私の人間力を映す鏡は、忍耐と責任感。
そして、最後は「生きる意味」に帰結する。

「生きる意味」に真摯であればあるだけ、自分に自信を持たねばならぬ。

自分自身の人生を生き切る覚悟を持たねばならぬ。

自分が弱いと考えてしまうのは、どこかネガティブをアピールする汚い手法。
そんなことは百も承知だが、それでも全てを忘却の彼方へ葬り去れるほど絶対的な生きる意味と、

卓越した人間力が必要であるという理想からは、冷静に見てまだまだ弱いことは事実。

負荷が高い時には、そういうことを鍛える場であり、一度きりの自分の人生に対し意味をもたらす

重要な時期である。

もっとチャレンジしないとな!
私自身が、成長するために、真正面から正々堂々と。
そして笑いながら負荷を乗り越えたい!
 

 

 

 

  • 投稿者 shibuya

モバイルセグメント2014決起会

2014年07月19日



先日行われた、当社モバイルセグメントの2014決起会!
6月決算なので、今月が年度初め。
方針説明から懇親会へと、お取引先様にもご来賓としてお越し頂いて、楽しい時間でした!
日々日々一喜一憂してしまうのですが、当社のフィロソフィーにあるように、できるだけ本質を見誤ることなく、
長い目で事業をやっていきたいですね。
とりあえず、良いスタートが切れました!


 

  • 投稿者 shibuya

第68期!

2014年07月08日

当社は6月決算である。
7/1より迎えた今期は、第68期。

昭和22年創業なので、まぁそういうことになる。
企業の寿命30年説などと言われるが、これだけの長い間継続できていることは、本当に感謝しかない。
自分も年齢を重ねると共に、そういうことが心底思えるようになってきたかな。
とは言え、“継続するために”この20年は激動・改革・失敗・イノベーションの連続。
振り返ってみると、自分でも良くやったきたな...と思う。
人生のとても大事な30代40代、いろいろあったが、それでもベースは当然仕事。

50歳になって、ようやく本当の意味での「継続する尊さ」が解ってきた。
ヒトとヒトの関係は、「信頼」とか「思いやり」「尊敬」とかが大事。
そんなことは誰でもわかっている。
信頼や互いを思いやる心、尊敬する心を持っていれば、友達や夫婦の関係含めヒトとヒトの関係は長続きする。
でもこれって、会社にも同じことが言えるんだなぁ~
会社が従業員や取引先、社会のヒトに対して、信頼し思いやりの心を持ち、尊敬していれば、必然的に

その関係は長続きする。

すなわち、会社も継続するってこと。
ヒトとヒトの関係の原則は、成長と思いやりの心を含んだ人格、そして尊敬と信頼だと思う。
会社も同じで、成長し社格を向上させ、ヒトを思いやる心を持ち、尊敬される会社、信頼される会社になるべきだ。
それこそが、長続きする会社の秘訣だと思う。
当社はその境地にはまだまだ。
自分たちが弱く成長してないから、尊敬される会社、信頼される会社にはなれない。
しかし、最低限のベースだけは出来てきた。
68期以降、社会の公器を目指し、もっと永続する事業体へと歩みを進める。
そのためには、会社として「信頼」「思いやりの心」「尊敬の心」を有する社格へ。
20年も七転八倒しながら経営してきて、結局はこういうシンプルな「当たり前」に帰結するんだな。

 

  • 投稿者 shibuya

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