ブログの渋谷

人類として営々とした責任

2011年06月26日

平均年収300万円を境に男性の既婚率が大きく差が出るという報告があった。
そもそも報酬が少ないということはどういうことだろう?
とても前向きに一生懸命働いて、それなりに勉強もして能力を高める努力もして、それでも報酬が上がらない...と言う場合もあるかも知れないし、もともとお金を必要としないという生き方を望む人もいるだろう。
でも、大半はできることなら報酬は高い方がいいと思いながらも、努力不足、能力不足、やる気不足、言い訳、諦め、怠惰、不必要なプライド...などのネガティブ性によって報酬を得られない場合の方が多いように思う。
一方、学生向けの雇用対策に政府は躍起だ。
あの手この手で新卒時の就職率を上げようと、多様な施策を展開している。
が、当の学生のほうはどうだろう?
厳しい環境になれば、何でもお手盛りで誰かが支援してくれるってことが普通になってしまっては、退路を断った絶対的な強さが身に付かない。
本当の能力を身につける努力をせず、結果政府の施策でうまくマッチングできたとしても、就職後社会の厳しさに嫌気がさして離職。
そして、その後は正規雇用が定着せずに、結局年収300万円以下...
普通に考えればただのわがまま小僧で、お子様ってことにしかならない。
結婚できずに、社会との繋がりについても、自身が傷つきたくなく、負荷に耐えられず、我慢が効かないから徐々に薄れ無縁な人生。
お金が全ての基準ではもちろんないし、意思はあってもどうしようもない理由がある場合も多いだろう。
だが、一生懸命働いて、結婚して種を残し、社会に根ざすということが社会的責任であると考えれば、それが出来る立場、健康状態にあるにも関わらずそれを果たせないことは、やはり努力不足なんだと思わないとダメじゃないかと思う。
結局既婚率と言っても、相手がある話。
元来生物は優秀な種を残そうとするもの。
昨今の既婚率の低下は、生物の絶対的な本能を軽んじた結果で、政府の多様な施策もそれを助長しているようにさえ感じる。
何でもかんでも平等が良い世の中ではないのは、この地球の全ての生物の営みを見れば明らか。

"この世に生を得たるは事を為すためにあり"

まずは志を持って自分の意志で自分の人生を歩むこと。
その為の努力を惜しまぬこと。
そして、社会的責任を果たし、優秀な種を残そうと本能で考えること。
そういう大人にならねば次の世代にこの地球を受け渡せない。


  • 投稿者 shibuya