ブログの渋谷

お相撲の話と

2011年02月10日

八百長で世の中を騒がせている相撲協会。
でも、昔から7勝7負の力士が千秋楽になぜか勝つなんてことは、相撲をよく見ている人なら大昔から常識ですよね(笑)
たぶん、昭和の頃ならこんなにも大事にならなかったんだと思うけど、今は時代がこういう不正などを許さない!既得権益で利益を得ている連中を許さない!と言う風潮が非常に強いので、ちょっとかわいそうな気も...
そういう時代背景なのに、ケータイで普通に八百長の連絡をしていた脇の甘さは問題だろう(笑)

でも考えてみればそういう脇の甘さや昨今の相撲協会の諸々の問題は、ひとえに守られ続けた組織であり、既得権益によって成り立ってきた風土そのものが原因だ。
これって、普通に世の中にもある話。
会社でも既得権益に守られ、それを守ることばかりに注力しているようなところは、変化しようとする意思が希薄で、負荷への耐性が無く、そこに集う人たちが成長していないケースが多い。
高度経済成長の頃から時代も変わり、内需においてこの既得権益に守られてきた会社も、徐々にその市場が縮小し始め崩壊するケースも出てきた。
いざ、既得権益に守られた市場が縮小してきた時に、新たな市場へ船を漕ぎ出そうとしたところで、社内にはそんなことが出来る風土も人財もいない。
なので、縮小する市場を必死で守ろうと、くだらない論理で強権発動。
相撲協会のあがきに似ている。

世の中に多くある既得権益なんて、内需での中小企業の世界がほとんど。
内需は人口減・消費減・ビジネススキームの構造変化などにより、これからもドンドン縮小していく。
それなのに、どうせ長くも続かない既得権益にしがみつく姿勢がどれだけ儚く愚かか。

相撲協会も1年くらいかけて自ら既得権益を手放し、真の自らの力だけで運営するようなスタイルに転換するしかないだろう。
すべては自責の中にあるという運営スタイルに。

  • 投稿者 shibuya

盛者必衰の理をあらわす

2011年02月09日

"持つことのデメリット・リスクと持たざることのメリット・チャンス"と言う考え方を私は良く話す。
何事も"おごれる人も久しからず"である。
高度経済成長期には持つことが優位であると考えられたが、今はハッキリと違う。
持つことで守ろうとする意識が芽生え、過去の成功経験から逃れられなくなり、そこに集う人の成長を阻害し心を蝕む。
持たないことで、常に退路を断った姿勢を貫け、だから努力もし成長もし、変化を恐れず負荷にも強くなれる。
これは絶対的な真理である。

なのに人は弱い。
悲しいほど弱いので、守ろうとするし変わらないでいようとする。
見た目楽な方向へ進んでしまう。
困難な第一歩を自らの責任で踏み出すことを恐れる。
しかし、持っているものは必ず失うことも正しい。
常に無常である。
これが右肩上がりの時代には、まだ長く持てたかも知れないが、内需マイナス成長時代の難しい時代に、そもそも守りきれるわけもない。
ならば、守ろうとせずに納得の上で攻めて攻めて結果的に守れた...が一番自然だ。
同じく攻めた結果新たな価値を手に入れることも出来る。
そして攻め続けた結果、手にする一番の価値は「絶対的な成長」だ。
これだけは、経験しなければ手にすることが出来ない。
自らが成長すれば、今まで守ろうと思っていたものの価値が極めて無価値に思えることも多く、新たな価値が見えてくる。

盛者は必衰なのだ。
一生一度きり。
無常を常として、ただひたすら攻め抜くことを生き様としたい。
常に新しい価値を追い続けたい。
  • 投稿者 shibuya

成長の原則

2011年01月31日

何度か聞いたことのある原則だけど、先日あるお客様訪問時に、この原則が書かれたポスターを目にしました。

元の自分の力が【100】のAさんとBさんがいます。
Aさんは、人と比べて類まれな能力を持っているわけではないのですが、毎日毎日コツコツと意思(成長意欲・志・思想・目標...)を持って地道な努力を欠かしません。
そのため、毎日確実に0.1%ずつ成長します。
Bさんも、能力はAさんと変わらないのですが、特に成長意欲を持っているわけではないので、日々普通な生活を続け、それでも0.01%ずつは成長をしています。
この二人、10年後にどれだけ差がついているか?

Aさん【3837】 Bさん【144】

こんなに凄い差がついてしまうのです。

一日の成長率は、0.1%と0.01%なので、10倍の差があるとは言え、大きな率ではありません。
なので、0.1%と言うのは、普通の能力の人でも自らの考え方一つで、絶対に出来る範囲の成長率です。
お分かりの通り、これは率なので母数が大きくなると複利(再投資)と同じ考え方で二次曲線を描きます。

私はこの「成長の原則」と近しい表現として、"知識の風船"又は"知識を吸収する能力の風船"と言う言葉を使います。
最初は皆同じ大きさの風船を身につけています。
※生まれつき大きな風船を持っている天才もいますが...^^;
その風船は表面積すべてを使って"知識"を吸収することができ、その吸収によって更に風船は大きくなっていきます。
なので、最初の内はがんばって"知識"を吸収しても、元々吸収できる量が知れているので、なかなか風船は大きくなりません。
しかし、それを継続して少しずつ風船が大きくなっていくと、途中からおもしろいくらいに知識が吸収でき、それにより更に能力が膨らむと言う好循環を生むと言う話です。
こういう経験って、誰にでもあるんだと思います。
大きな風船を持っていればいるほど、自信が持て、謙虚になれ、成果を残せます。
それが"成長"を実感すると言うことだと思ってます。
風船が小さいうちは、とにかく何から何まで嫌になるくらいしんどいものです。
先々の光すら見えません。
しかし、この成長の原則は絶対に正しいってのは証明されているわけなので、とにかく日々0.1%ずつ風船を大きくする努力ができる意思を持ち続けることです。

いつも言っているのですが、ウルトラCを狙う必要はありません。
私たちはそれができるような非凡な才能を持ち得ているわけではありません。
自分のできる範囲の努力を凡事徹底でコツコツ続ければ、必ず大きな成長に繋がります。
大切なのは、それをやり続けるすべての意思です。
意思はすべて自分の心に中にあることなので、全ては自らに委ねられているということですね。
これで「自分の周囲に起こることはすべて自分の責任。何を言っても全て言い訳」と言う意味がわかってもらえるでしょうか。
自分の周囲に起こることは、成長と共に事前に想定できたり、回避できたりコントロールできるようになっていくのですが、それでも未経験の事象や障害に常に遭遇します。
だからまた成長があるんです。
だから人生おもしろいんでしょう。
大切なことはこのサイクルを楽しむことなんでしょうね(笑)


  • 投稿者 shibuya

放浪記

2011年01月23日

高校の時以来で、林芙美子の"放浪記"を読んでいる。
五木寛之の初期の作品がこの頃一番好きだったなぁ~と思いつつ、なぜか急に放浪記が読みたくなった。
夜、Grover Washington, Jr.を小さな音量で流しながら、暗い部屋で小説を読むのがとても好きだった。
案外、ネクラなのはそういう頃から...(笑)
太宰や坂口安吾なんかも読んでたから、結構ヤバイ^^;

"放浪記"を今読み返してみると、30年の歳月が短くもあり、長くもあり。
「うまごやしにだって、可憐な白い花が咲くって事」なんてフレーズは、絶対に高校の時には意識しなかったろうな。
挫折を経験しなかったら、こういうフレーズは響かないし、それを乗り越えて少しは強くなってないと、その本当の意味も理解できないような気がする。
また、ほんのわずか90年前頃のわが国の描写が、その時代的社会的背景を知識として知った今では、色々な感性を刺激する。
感じるものがあるなぁ~

なぜ"放浪記"が読みたくなったんだろう...と思えば、ちょっと前にプロレタリア文学"蟹工船"がなぜか流行したのと、同じ感覚だったかも。
現代も表面的な豊かさは違えど、本質的には同じような時代感覚がある。
同時に、現代のアジア諸国のような混沌とした雰囲気の中で、本当の自由と若さと未来を感じることもでき、その視点では現代の方がより歪に不幸な気もする。
私は単に安全な場所に居て物語として小説を読むのではなく、私自身の気づきとして放浪の時代の思想として深く考えたい。


  • 投稿者 shibuya

"心のスイッチが入る瞬間"研修

2011年01月21日

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前回このブログに掲載した“心のスイッチが入る瞬間”研修が、昨日開催された。

若手社員中心に約30名!弊社グループで人材事業(派遣・研修・店舗改善支援など)を行う、モバイルスタッフの主催で、とても良い研修だった。

こんな風なウエルカムボードを手作りして、講師の高野さん、松枝さんをお迎えするって時点から、いやまぁ~ワクワクドキドキな研修になることは保証できたか(笑)

さすがに著書も多いホスピタリティとエグゼクティブコーチングの大家お二人の研修だけあって、そりゃ内容的には群を抜いていて、参加者全員が「気づき」を感じることができ、心のスイッチ入りっぱなしだったと思う。

私からは、参加者全員へのワクワクと気づきのお手伝いと、ホスピタリティの表現として、手書きコメントと当日の集合社員をコツコツ貼り付けた、「気づきノート」を送った。これからまずは振り返りが行われる1ヵ月後までに、このノートに日々の気づきを書き留めてもらえたらと思っている。

私自身の気づきは、もちろんたくさんあったけど、案外ドライな気づきが一番大きかった。これ、高野さんのおっしゃられた話の裏側に、常にピタリと張り付いていた思想だったと思っている。あんないい話を聞いた後に、まぁまぁ残酷な話なんであんまり言えないけど...(笑)

いずれにしても、今回の研修を「いい話を聞いたぁ~」で終わらせては意味がない。振り返りまでの期間がまずは大切だけど、そんなレベルじゃなくって、どれだけ自分の生き様にまで染み透らせるか。これからのみんなの思考、行動がすべてだ!ワクワク!楽しもう!

 

 

  • 投稿者 shibuya

心のスイッチ研修

2011年01月15日

来週、本社大会議室で元リッツカールトンの高野登様と、コーチングで著名な松枝様のお二人を招いてホスピタリティ研修を実施する。
若手社員30名限定ということで、これはかなり贅沢(笑)で今から楽しみ!
この研修の趣旨は、「気づき」「心のスイッチ」を感じること。
受講者である若手社員たちが、仕事上でお客様満足度のために何をするか?はいつでも考えたり指導を受けたりしている。
今回の研修は、その「何をするか」ではなく、「なぜするか」を感じ取ってもらえればと思っている。
「なぜするか」は人それぞれに違った動機付けにより確立されるだろう。
一つ共通して言えるのは、生きること、生き様のような根源から成り立たせることによって、より深く根付くってこと。
最終的には、深く深く根付いた結果、こういうことはサラッと自然に確立されていることがいいんだろうけど、若いうちは必死にそこを考えることもいいだろう。
この気づき=心のスイッチが入るってことは、成長のステップを上がることと同意。
ぜひ研修を通じて、一つ階段を上がって欲しい。

私はオブザーバーとしての参加だけど、主催する方の立場としてホスピタリティを考えてみたいと思っている。
研修の目的が「なぜするか」(=心のスイッチを入れる)を感じることなのであれば、私ができるホスピタリティとは、この研修を催すことだけではなく、参加者の心のスイッチを入れるお手伝いのために、私ができるすべてのことを考え抜いてみる気持ちと実際に行動することだろう。
楽しもう!

  • 投稿者 shibuya

商いの道徳

2011年01月12日

かなり以前にもこのネタを書いたが、年を明けてから何度かこの商いの道徳観を無視した、拝金主義と言うか、お金(=売上)全て!みたいな事例に触れた。
いくら表面をきれいな言葉に変えてみても、実態はそうだと感じるこういう事例は、全ての信頼を一瞬で失うだけの力がある。
商いの筋を外し、義を通せず、そして信頼を失う。
そんな姿勢になってしまうこと自体がマネジメントのミスである。
法人同士の取引はもちろんだろうが、個人向けの接客サービス業で、かなり質の悪いこういう姿勢に遭遇するのは、まだまだ自分自身の甘さからだろう(笑)

だが、反面そういう姿勢を強く打ち出せるお金への執着は見習うべきものはある。
道徳観を無視してはいけないが、商いは儲けなければ意味がないので、そういう意味ではそこに強く意識を持つ姿勢は重要だ。

「儲ける」とは「信じる者」または「信じれる者」そして「人を信じる」と書く。
結果的に信頼が無ければ、本当の儲けには繋がらない。
昨今のわが国での商取引では、こういった義を外した、とにかくお金!と言う姿勢が多くなった。
それだけ余裕がないんだろう。
しかし、お金に注力することはもちろん重要だし、その強さは当然見失ってはいけない。
ただ、義を外し、道徳観を無視した商いは、長期視点で結果的にマイナスだ。

今一度、お金に注力すること(儲けること)の重要さと、その手法論及び思想について、自分の筋をハッキリと組織全体に風土として昇華できるよう浸透させていきたい。


  • 投稿者 shibuya

2011新年あけましておめでとうございます。

2011年01月04日

2011年 新年あけましておめでとうございます!
本年もどうぞご贔屓に!
と言っても、すでに1/4(笑)
もうそろそろ仕事モード全開です。

年始はもちろん箱根駅伝を見るわけだけど、サッポロビールが協賛していることもあって、「大人エレベーター」のCM結構流れてましたね。
リリー・フランキー(46才)って一才年下かよぉ~(笑)なんて思いつつ「年は取りたくないけど、若くはなりたくない。30才までに引いた弓をずっと弾いている感じ」とか、宮迫(39才)の「先輩たちで立ち止まっている人おれへんから、ずっと走り続けないと」、そしてスガシカオ(44才)は「人と会うことが素晴らしい」みたいな会話が流れていて、いやぁ~やっぱどの世界でも一流と言われている人たちの感性ってスゲェなぁ~とかって思ってしまった^^;
やっぱ大人だ!

一方新年早々我が家の息子たちがカラオケで歌う湘南乃風の「黄金魂」

http://www.utamap.com/viewkasi.php?surl=A02686

「一生社会の歯車の一部なんかで終わってたまるか」って部分だけを切り出せば、全くの甘えん坊の歌だと思ったが、歌全体を見てみれば、結構骨太。まだまだ危なっかしいけど、こういう気持ちはいくつになっても大事なことだと思う。
自己保身と言い訳ばかりで、自分は気楽で安全な場所に居ながら評論ばかりのバカなプライド人間って、ほんと最悪。そんな大人が多い社会になってしまっているから、社会の歯車の一部で終わらないって思っちゃうんだろうなぁ~
こんな風に思わせてしまっている、今の腐った社会と大人の方に問題があるな。
若者は若者でいつの時代も意志は持っているんだと思う。
そう思うと、「自由」の意味を履き違えた甘えん坊な若者もたくさんいるが、そうではなく本当の自由がどれだけ不自由で、その本当の自由を勝ち取るために、どれだけ自分に強くならないといけないのかってことをわかっている人間もたくさんいるんだと思う。

私たちの世代の責任として、意思を持って本当の自由を勝ち取ろう(成長と同義かも...)とする若者が活躍できる社会にならないといけないんだろう。

2011年は、そんなことを考えながら、「責任」を現場感の中で強く強く意識してみる。

まだまだできてないことだらけだけど、私は私。人生は一度、可能性とチャンスは無限。

社会のくだらない大人たちに惑わせられないよう、信念を貫き通す一年にしたい。

 

  • 投稿者 shibuya

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