ブログの渋谷

愚痴

2011年03月26日

私が自責だと思って、何でも自分が悪いと言う考えから、社員に問題提起しなかったり、怒らなかったりすると、社員はいつまで経ってもそのことについて、自分たちの問題を理解しない。
ならば、私は自責だと思いながらも、社員に理解してもらいたい要素を注意をすると自分の心の中にある「ほんとは会社がきちんと枠組みを作っていれば、こんなことを注意する必要も無いのに、整備できてないことが多いから申し訳ないなぁ~」と思いながら厳しいことを言ってるので、精神の疲弊が酷い。
社員は、もちろんいろんな性格の人間がいるので、私が怒ったり注意したことを、とても素直に受け入れられる社員もいれば、常に自己を肯定化し自分は悪くない!のスタンスを取る社員もいる。
前者の社員は素直な分成長も早いが、あまりに正直すぎる場合が多い。
後者の社員は常に斜めから物事を見て、他者否定と言い訳から入るので成長は遅いが、社会の中で生き抜ける術を自然と身につけるケースがある。
これはどっちがいいって話ではない。
でも、特に後者の社員と対峙するのは一時的なパワーがいる(笑)
今日は私の内面にある空しい愚痴を書くことにした。

正直かなり疲れた。
私は元々酷く臆病でちんけなヤツだ。
「オレがこれだけやってるのに...」
「誰かに褒められたい..感謝されたい」
そんな我欲がどうしても出てしまうから、いつまで経っても疲弊する。
では、そんなに仕事しなけりゃいいやん...それができれば苦労はないが、事業はすべて自分の責任なので、任せられる状況にまで成長した事業は問題ないが、そうでない黎明期の事業はやはりそういうわけにはいかない。
これは社会の中での会社の目的を達するため、皆が10年後20年後の米を買うためには、絶対にやらなければならん。
そういう強い目的達成意欲が、また自分を苦しめる。
結局は目の前にある負荷に耐え続けて初めて成長を手に入れることができるってことだから、自己実現の欲求のためには我欲を超えて疲弊に打ち勝つしかないってことか。
元来、それが自然にできるようなイケテル人間ではないので、10年以上この状態を続けていると、さすがに疲れた。
この我欲から解き放たれる、別世界の精神の有り様は無いものか...
仕事に集中しすぎて相反する関係から自分が安らぐ場所も失いそうで、何か頼れるもの、心が安らぐ時間が欲しい。孤独がツライなぁ~(笑)

こんなにイケテナイ自分は、自己に負けてわがままで我欲の塊のようなオーナー経営者に落ちぶれるのか。
ここは踏ん張りところか。
何か大きな視点から、自分の軸を強め弱さを打ち消すロジックが心の有り様に必要だ。

先日の若手社員の言葉。
「自分の弱さを隠すために、強がっているんです...」
良くわかる。我慢と忍耐は尊い。
上っ面だけの優しさ、我慢もしない身勝手と自由の勘違い、甘えだらけの馴れ合い...そんな感性からは何も創造されない。
そういうことが嫌いなクセに、そこに引き込まれそうになる自分の弱さを恥じる。
もうちょっと強がってみるか...


  • 投稿者 shibuya

無題

2011年03月18日

薄っぺらな言葉や無責任な善意を並べる気はない。
人の苦しみを支えられるほど自分は強くもないし力もない。

"がんばれ!"

なんて無責任で空虚な言葉。




でも...涙と共に自分の心の底に留まって張りつく意思。

やっぱり..."ここはなんとか、がんばれ!踏ん張れ!"









その意思が薄っぺらにはならないよう、全てを自分自身への負荷として課す。



  • 投稿者 shibuya

若い組織では

2011年03月06日

辛いことがあったり、相談したかったり、頼ったりしたい時に、それができる相手が少ないのが若い組織だと思う。
または相談したとしても、あまり的を得てなかったり、信頼するに足るものではなかったり...
要は経験が少ないということで、経験と言うのは何にも代え難い大切なことだ。
当社でも、結局ここ20年で拡大の一途のために、未経験なことに責任者としてチャレンジしなければならない場合があって、「何とか組織上位のベテランを採用してもらえないか、業務知識が乏しく自信がないので」と言われたこともある。
でも私の意見は「そりゃ、中途で組織上位の経験者を採用することは可能だが、本当にそれでいいのか?自分が理解し成長し次のステップを歩み始めた時に、どうなるか想像してみたら...」と思っている。
業務知識はやれば必ず身につくが、会社が期待する人財とはそんなに頻繁に出会えるわけでもない。
そもそも、未経験な仕事に責任者としてチャレンジさせようと思うくらいなので、私としてはとても期待している人財であって、間違っても指示待ちだけで満足する社員ではないことは明白。
ならば、ここは苦労してでも自分が社内のパイオニアになって欲しいと思っている。
同時に、その業務だけではなく、どこの社会へ行っても通用するだけの考え方の軸をこの苦労の中で形成して欲しいと思っている。

でも、なかなか理不尽なことを言ってるなぁ~ともマジで思う(笑)
社内でも確かに苦労の上で、うまく軌道に乗せてくれている管理職もいるが、たぶん「そりゃ確かに成長はしたかも知れないが、その間の私の気苦労と努力を考えれば、社長にとやかく言われる筋合いはない!」って言われちゃってもおかしくない(笑)
まぁ、それくらいやってくれているってこと^^;
でもこれは仮に上述のような言われ方をしてもかなり嬉しい話だ。
そうやって、組織が一歩ずつ人財によって充実していくわけで、独力で少しずつ成熟していく様子は本当に心強い。

会社の平均寿命は40年。
倒産した会社の平均寿命は22年。

中小企業では外部からいくらでも期待でき任せられる人財が採用できるものでもないので、創業時は一応若い組織だと言うことを思えば、これは若い組織→成熟した組織への移行がスムーズでなかったから...と言うのも一つあるかも知れない。
もちろん、商品や業界のライフサイクルの期間とそれに伴う組織のイノベーションが起こせなかったってのもよくある話だが、結局はそれを判断し解決するのも組織であると考えれば、あながち幅広い経験に基づく、本物の強さ、本物の知識、本物の成長を仕事の苦労を通じて自社内で身につけた社員がいるかいないかは小さくはないだろう。

まだまだ弊社グループの平均年齢32才。
事業を既存の自動車関連から、モバイル+ICTに移行して約20年。
私の父親である先代社長が亡くなってから17年。
今春最若年の管理職が29才になるか...
それも名前だけ管理職ではなく、結構しっかりと組織統治のマネジメントを求めている中で。
これからの40年...いや100年後も継続する会社!なんて、上っ面だけ聞いても「あぁ、そうなんや」って話だろうけど、中身は日々その具現化をコツコツと推進している。
若い間はすべてが未成熟。
でも、その混沌の中にだけ、未来への扉が見出せる。
ここを経験せねば、秩序は起こりえない。
また、結果だけを求めてもいけない。
それではいつもテクニック論の近道だけを考えてしまう。
大切なのは失敗してもやり遂げる意思の強さだ。
流した涙、かいた汗、履き潰した靴、すべてが未来に繋がっている。
若い組織はそれが純粋にできる。
それが大切な経験となって、将来必ず会社を、そして自分の身を救うことになる。
だから、大変なのは重々承知。
それを命令する私も一緒に戦おうと思っている。※心の中でだけ...^^;


  • 投稿者 shibuya

タブレットの世界

2011年02月26日

タブレットPCの世界が加速していて、なかなかおもしろい。
当社の来年度も、Android+クラウド※フツーすぎて言うのも恥ずかしい...(笑)を軸としたソリューション開発に注力する。
モバイルクラウドなんて当然なのになかなか実現してこない思想や、モバイルワークと言う仕事の進め方。
CGM隆盛時代のコミュニティの在り方など、本当に急激な勢いでモバイルを取り巻く世界が変化を続けている。
アフリカの事例を見ても、もはや民主化のインフラストラクチャはインターネットとCGMだ。
私は1990年代後半から、その頃叫ばれていた「構造改革」と言う言葉のインフラはインターネットだ!と言って来た。
オープン・インタラクティブ・グローバル・スピード・コミュニティ・フラットなどインターネットの思想や仕様のすべてが、新しい時代における社会の思想と合致する。
コミュニティやインタラクティブがCGMへと発展して民主化運動を促してしまう。
グローバルやオープンが情報の壁を壊していく。
まさに、革命である。
この情報通信革命の、次のステップがモバイルである。LTEである。タブレットである。
ここで重要なのが上述の中で「オープンであること」だと思っている。
セキュリティを意識しすぎて、がんじがらめの仕事環境なんてほんとバカらしい。
そこには、セキュア技術と正しいオープンマインド(=正義感のある)と思想とポリシーがあれば、がんじがらめの性悪説システムよりもはるかに生産性が上がり、セキュリティが担保される...はず。
実際にtwitterなどのCGMで仕事のために必要な情報って取得している人は相当居るはず。
相手の顔を見たことないのに(笑)
どう考えてもテクノロジーの進化とオープン思考は止められない。
だってこれは革命なんだから。

今現在ではタブレットPCを活用した事例は、まだまだである。
そもそも導入認識が間違っていたり、思想が追いついてなかったり。
OSそのものの進化もまだまだこれから。
ようやく出たAndroid3.0でも、まだ序章に過ぎない。
この世界、もう少し形は変えるとは思うが、必ず一つの有効なデバイスとして進化し、クラウド基盤化及びプラットフォームのオープン化を推し進めると思っている。
その時までに、どれだけ準備できるかだ。

  • 投稿者 shibuya

CANVAS主催"ワークショップコレクション"EMAブースにて出展!

2011年02月26日

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私たちのグループでは、モバイルやICTを社会の安心・安全・利便に活かすためのサービスやソリューション、販売などを事業としている。

そんな中でも、特に子どもたちの情報モラル、ケータイメディアリテラシーの向上は避けては通れない。なんてことを真剣に考える私たちのような事業会社も珍しい...^^;

ケータイが何らかの形で利用された子どもたちを取り巻くネガティブな事件や事故の話を聞くと心が痛む。

なので、私たちの社会的、道義的責任として、各地教育委員会様と連携した授業や教材の開発、啓発事業なども、行っている。

今回は、慶応義塾大学日吉キャンパスで開催されたCANVAS主催のワークショップコレクションに、EMA(モバイルコンテンツ審査・運用監視機構)と共に出展させていただき、子どもや家族連れの皆さんに、ケータイを利用する際のモラルなどについてのワークショップを本日、明日の予定で開催中。

さすがに大きなイベントだけにたくさんのご家族連れで会場は賑わい、私たちの目的は果たすことができた。

地道だし、持続可能なモデルとするために経済的自立も必要だ。

だが、こういう一歩が必ず生きてくると思っている。

参加スタッフのみんな、オツカレサマ!明日もガンバって!

 

  • 投稿者 shibuya

"疾きこと風の如く、侵し掠めること火の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し"

2011年02月22日

私には事業の全体像が頭に入っていて、実務もザッと見渡せば課題やポイント、方針などがだいたいイメージできる。
また、中身がどうであれ、事業を推進するマネジメント手法の原則も頭に叩き込まれている。
が、実務を運用する組織にそれがイメージできず、迷える状態の場合にはどうすればいいのか?
本来なら管理職がそこを理解していて、私としっかり共有できていて、実務面のマネジメントを行えているのが普通だが、管理職にもその実力がない状態。

(1)徹底してティーチング的に指導していく。
(2)コーチング手法を用いながら、自分で考える風土を大事にしつつ指導する。
(3)できる人材を外部から招き、組織を強化する。
(4)そもそもまだ事業ができる組織ではないので、事業推進を諦める。

まぁ、こんなことが考えられる。
すべてはフェーズと組織内にあるリソースの状況などを鑑みたバランスの中での評価だ。

(1)は厳しく感じるかも知れないが、ある程度スピード感はある。
指導する側が精神的に持たない。負荷に耐えられないと脱落者が出る。組織のムードが悪くなる。

(2)は時間がかかる。理解できる人材にはいいが、そうでない人材は勘違いして甘えてしまい、余計に組織の体を成さない可能性が高い。

(3)は良い人材がいればいいのだが、このフェーズで招く人材は相当関係性と信頼感が強くなければ難しい。

(4)は最後の段階だが、その持てるリソースでこの事業を始めたこと自体が、マネジメントの失敗であると認識すること。


ちょっと無理をしたな...と反省しつつも、ここは何が何でもとも思う。
もう少しあがいてみますかね...(笑)
その為には、私の意志が100%伝わる信頼感のある人材と組織運営することが、(1)であろうが(2)であろうが、今の段階で最重要だろう。
事業であろうが、例えば部活であろうが、組織が動くには大前提としての人としての信頼感が無ければいくら論理が正しくても絶対にうまくいかない。

現状を脱するには、思い切った手を打つ必要があるな。

"疾きこと風の如く、侵し掠めること火の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し"

やるときゃ、早く・強く・激しくやらな。
何が何でも、自分に責任が最後はあるんやから。
日ごろ言ってることがウソになるわ。


  • 投稿者 shibuya

ついに登場!"PSP フォン"Xperia PLAY

2011年02月15日

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いやぁ~ほんとケータイがここまで来るとは、“今度movaって名前の携帯電話売り出すんだけど...”なんて話のあった頃を思えば、わずか20年で隔世の感!

1990年代後半には、2010年にもなったらもはや「携帯電話」なんて言ってないかもね...なんて言ってたのも思い出す。確かに音声のイメージが強い「携帯電話」とは言わなくなったし、何となく「ケータイ」である。そして今はすでに「スマホ」である。

これからも、通信+端末+OS+キャリア依存のミドルウェア+オープンアプリ(コンテンツ)+サービス事業者と言うレイヤー区分の中で、多様な顧客ニーズにあった商品・サービス・アプリなどがドンドン出てくるんだろうなぁ~まぁ消えても行くけど(笑)

そして、Xperia新製品群(あと、PROとNEOがある)のどれかは、5月以降日本市場に投入予定のようだけど、何とか話題性抜群のこのPLAYは、日本市場に出てきて欲しいなぁ~

最初からプレステのゲームソフト移植版など50本程度の準備されるとかで、なかなかの本気度。

モバイル+ICTを活用し社会に安心・安全・利便を提供する当社の事業としては、多様なデバイスが提供されて、それがオープンな世界で進化できて新たな社会システムにまでなりえるのであれば、こういう流れは大歓迎!それに単純にワクワクもするしね^^;

 

  • 投稿者 shibuya

ワンピース経営学

2011年02月14日

たぶん、きっとたぶん「ワンピース経営学」みたいな本って売ってるはず...知らないけど(笑)
そのくらい、すっごくシンプルに経営の本質を突いている。
と言うか、結局は海賊でも部活でも会社でも、組織を運営する本質は皆同じってことだな。

たぶん、きっとたぶん「ワンピース経営学」では、船長が夢を持って(方針)、それに共感した仲間たちが、互いに助け合いながらその夢の実現に向かう。
その過程で、仲間各々が持つ各々の夢についても自己実現させていく...
なんて、ことが経営そのものだ!なんて、この本(あるのか無いのかも知らないが)には書いてあるはずだ^^;

これ読んでたら良くわかることがある。
いくら「仲間が大事」だとか「夢を実現するんだ」とか言ってても、結局は強くて実力が無ければ誰も救えないし、夢も実現できないってこと。
誰もが、表面的にワンピースが経営の本質と同じであることには気づかされるし、よく理解できるはず。
でも、それを自分がやるとなれば強くならなければ何も出来ないし、強くなるための努力は尋常じゃないし(幼少の頃からワニや熊と戦ったり、10代で2年間怪物ばかりの無人島で修行して最後には怪物たちのボスになるとか...)その尋常じゃない努力を続けるモチベーションとして夢を実現させるシンプルな覚悟が生死をかけた生き様に昇華されていなければならないってことに愕然として、日常生活でそれを実践する意欲を失う。
まぁ、だから漫画の世界が楽しいんだろうけどね(笑)

でも、まぁ色々と勉強になる漫画ですわ。ハイ。

ちなみに、3D(×)2Y^^;となって、再出発を図る61巻の表紙と1巻の表紙と、見比べたら...こりゃかなりヤバイね。
"ROMANCE DAWN"って副題を冠したこともうなづける。
って、やっぱりワンピースの最終巻は120巻ってことかな(笑)

  • 投稿者 shibuya

私と云う人間

2011年02月13日

私は虚栄心が強い、そして猜疑心もいつの頃からか強くなった。
今では、必ず物事をいったんは裏側から見るようになっている。
そして「会社を潰す社長は、真面目で気が優しくて騙されやすく、且つ虚栄心が強い弱い人」私はそうならないよう、猜疑心を持つようになった...と、人を疑う心を肯定化するようになった。

私は何でもやってみる方だが、それは思慮深いものではなく、単なる目立ちたがり屋なだけだ。
それを、「人生一度きり、やるかやらないか迷った時には、必ずやる方を選択してきた」などとかっこ良く肯定化しているに過ぎない。

私は表面だけの中途半端な完璧主義であり、またそれを部下にも求める。
本来の客観的な深い思想を持った完璧主義ではなく、「こうでなければならない!」を押し付け、「自由を勘違いするな!」と言うことで統治の材料にしているだけだ。

私は本来とても弱い。
それなのに、虚栄心が強く目立ちたがり屋だし、ちょっとは背伸びしないといけない立場になってしまっていたから、たいそう負荷に苦しんできた。
紛らわすために深酒もやるし、何か頼りたいものが欲しい。
人は誰も支えが必要で、本当は支える立場にならないといけないのに、まるでお話にならない。

私は自分勝手な小心者だ。
元来強くないので、心のどこかで「傷つきたくない」と思っている。
だから、立場を利用して人を攻撃したりもする。
事業・組織のためにではなく、自己の欲求を満たすためにそういうことをし、それを肯定化するために、事業戦略や組織論で武装する。

私は小心者なので、働いていなければ気が落ち着かない。
早く任せきれる状態になる方がいいなぁ~
でも、度量が小さいので任せられるまでに時間がかかる。
管理職と互いに良いバランスを見出したいんだけど...

私は偽善者である。
そして評論家でもある。
いろんな場面で、ちょっとした思想を伝えているが、実際にはまだまだ邪念だらけで且つ実践できてないこともたくさんある。
この理想と真実の心との乖離には、一生苦しみ続けるんだと思う。

そして、ここに書いたようなことの全てが世の中で一番嫌いだ。
私と正反対の人間を見ると、心から尊敬する。
私を突き動かすのは、嫌いな自分と言うコンプレックスから抜け出すことだけなのかも知れない。
逃げたい、諦めたい...と何度思ったことだろう。
「責任感」だけでここまでやってきた...と言うと聞こえはいいが、実際には責任逃れするような弱い人と言う本来のコンプレックスとオサラバしたいだけ。
本当は責任逃れできる人の方が、よっぽど強い人なのかも知れないが。

もっと私と云う人間の内面を自らえぐっていく必要がある。
こういう場でそれができたら、ちょっとは楽になるのかも(笑)

太宰はこう書いている「お上品なサロンは人間の最も恐るべき堕落だ。しからばどこの誰を真っ先に糾弾すべきか。自分である。私である。太宰治とか称するこの妙に気取った男である。~中略~何せどうも、気が弱くだらしない癖に、相当虚栄心も強くて、人におだてられるとワクワクして何をやりだすかわかったもんじゃない男なのだから。」
そう、まず糾弾すべきは自分の内面なのだ。


  • 投稿者 shibuya

勉強!勉強!勉強!

2011年02月12日

最近はちょいとした小さな成功や、いろんなことへの理解が深くなったことなんかで、本当に大切な人としての幅を広げることを怠っていた。
そりゃ確かに能力、知識、力は大切だが、それだけではアカン。
同じことを言っても、人によって聞ける場合と聞けない場合がある。
あんたの言うことなら聞ける!にならないと。
自らのそんなことを反省してみれば、同じような輩と同じ土俵で、お互いムキになって戦うことの何と低レベルなことか。
そんなことしてては、自分も同じ穴の狢。
そういうくだらん連中を卑下してみても、結局は自分も同じってことで自責だ。
社内のマネジメント及びコミュニケーションでも同様。
本当の信頼を築くために、自分がやるべきことは何か。
会社が8社にもなって、各々にフェーズや力がこれだけ違うとマネジメント手法にも違いが出てくる。
信頼できるだけの力には到底及ばないのに、信頼とか言ってほったらかすのは上位者の甘えだし、逆に自分たちは出来ている!結果も出している!と勘違いする組織も甘えだろう。
しかし社内には本当に任せきれる組織も出てきた。
まだまだ私も管理職も社員も、一歩ずつ勉強しながら成長しないと。
実務力だけではなく、本当の人間力(表現が曖昧だけど、あえて...)を築くために勉強しないと。
それらが無ければ、これからの会社の進むべき目標になんて到底達しないだろうし、オープンな市場で強く勝負するだけの本当の力も身につかない。
昨日、私の尊敬する恩師に教えを請うて頂き、心が洗われた!
また今日から素直に勉強!努力!成長!


  • 投稿者 shibuya

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