ブログの渋谷

知識経営へ

2011年07月03日

当社グループの平均年齢は現在32歳。管理組織内の社員数は220名程度。
グループ全体では数名の50歳代の社員もいるが、管理職は30~40歳代であり、最年少管理職は29歳と、中心はこの年齢層が担っている。
という事は、今後20年程度は定年による退職者はわずかしかおらず、中核層が年齢を重ねると共により強固な存在となり、現在の20~30歳代のスタッフ層が中堅へと成長するというフェーズ。
当然毎年新卒採用を行っているので、着実に若手が増えていく。
なので、現社員の報酬増と新人の採用で会社の規模感は大きくなり、20年後には人件費だけで4億円程度の固定費増となっている見込みだ。
これを"コスト"だと見れば「きついなぁ~」と思うんだろうが、"知識生産の源"と思えば、「可能性が断然大きくなる」と考えられる。
2010年、私たちはようやくスタートラインに辿りついた。
会社の事業ドメインを整理し、最低限の管理体制まで追いつき、これからガバナンスの効いた組織体制を育みながら、知識経営による付加価値の最大化を目指すことになる。
知識やナレッジと呼ばれる資源は、人に根づく。
だからこそ、それを活かすためには人が継続して働きたくなる環境が必要だ。それも福利厚生を手厚くするなんて甘い環境ではなく、「知の源泉が人間の強い信念や思いにある」と言うことを浸透させるという意味での環境だ。
終身雇用とは、ある側面だけでみれば崩壊したとみなされるが、それはコストだと考えるからで、環境・育成・対価・共有・オープン...こんな必要な要素を浸透させながら、能力主義の上で必然的終身雇用を育むことは絶対に可能だと信じている。
キャノンには有名な「三自の精神」が受け継がれている。
すなわち「自発:何事にも自ら主体的に取り組む」「自治:自らを管理する」「自覚:自らの置かれている立場、役割、状況をよく認識する」である。
こんな精神が浸透しているからこそ、知識経営が可能なんだろう。
私たちも20年あれば絶対に可能だと思っている。
私がまずは10年間、そして次の世代が10年で20年後だ。

※今回は、名著「イノベーションの本質」より引用数ヶ所アリ

  • 投稿者 shibuya

ドコモショップ深井店 本日移転オープン!

2011年06月29日

DS深井.jpg

SDVグループには、ICTサービスや自動車情報機器、そしてモバイル関連の会社がある。

本日は、その中のモバイルビズ社が運営するドコモショップ深井店の移転オープン日。

朝からセレモニーや朝礼を済ませると、すでに開店前から10数名のお客様に並んで頂いていた。本日はまだチラシも打ってないのに、ありがたいことだ。

この深井店の強みは、何と言ってもスタッフの人間的魅力。

それにプラスして、駐車場20台を確保し、応対カウンターも大幅に増やした店舗になったわけなので、先がとても楽しみだ。

ここまでお世話になった皆様にこの場を借りて感謝!

 

 

  • 投稿者 shibuya

人類として営々とした責任

2011年06月26日

平均年収300万円を境に男性の既婚率が大きく差が出るという報告があった。
そもそも報酬が少ないということはどういうことだろう?
とても前向きに一生懸命働いて、それなりに勉強もして能力を高める努力もして、それでも報酬が上がらない...と言う場合もあるかも知れないし、もともとお金を必要としないという生き方を望む人もいるだろう。
でも、大半はできることなら報酬は高い方がいいと思いながらも、努力不足、能力不足、やる気不足、言い訳、諦め、怠惰、不必要なプライド...などのネガティブ性によって報酬を得られない場合の方が多いように思う。
一方、学生向けの雇用対策に政府は躍起だ。
あの手この手で新卒時の就職率を上げようと、多様な施策を展開している。
が、当の学生のほうはどうだろう?
厳しい環境になれば、何でもお手盛りで誰かが支援してくれるってことが普通になってしまっては、退路を断った絶対的な強さが身に付かない。
本当の能力を身につける努力をせず、結果政府の施策でうまくマッチングできたとしても、就職後社会の厳しさに嫌気がさして離職。
そして、その後は正規雇用が定着せずに、結局年収300万円以下...
普通に考えればただのわがまま小僧で、お子様ってことにしかならない。
結婚できずに、社会との繋がりについても、自身が傷つきたくなく、負荷に耐えられず、我慢が効かないから徐々に薄れ無縁な人生。
お金が全ての基準ではもちろんないし、意思はあってもどうしようもない理由がある場合も多いだろう。
だが、一生懸命働いて、結婚して種を残し、社会に根ざすということが社会的責任であると考えれば、それが出来る立場、健康状態にあるにも関わらずそれを果たせないことは、やはり努力不足なんだと思わないとダメじゃないかと思う。
結局既婚率と言っても、相手がある話。
元来生物は優秀な種を残そうとするもの。
昨今の既婚率の低下は、生物の絶対的な本能を軽んじた結果で、政府の多様な施策もそれを助長しているようにさえ感じる。
何でもかんでも平等が良い世の中ではないのは、この地球の全ての生物の営みを見れば明らか。

"この世に生を得たるは事を為すためにあり"

まずは志を持って自分の意志で自分の人生を歩むこと。
その為の努力を惜しまぬこと。
そして、社会的責任を果たし、優秀な種を残そうと本能で考えること。
そういう大人にならねば次の世代にこの地球を受け渡せない。


  • 投稿者 shibuya

2011年~2020年

2011年06月11日

当社の創業(1947年)~1990年までの期間を第一期とし、1991年~2010年までを第二期と位置づけた。
そして、2011~2020年を第三期とする。
この10年は私にとっても自分の仕事人生の中で、大きな区切りになりそう。
ICT・Mobile・Vehicle&Wireless Solutionの3つのドメインにおいて、しっかり付加価値の高度化及びマーケットへの浸透を図ることが大前提。
所有と経営の分離、さらにガバナンスの強化、そして最後には株主の立場から言えば所有すら諦め、持たないことに集中したい。
「事業の深化」「ガバナンスと所有の考え方」これらは手法も含めてかなりイメージできている。
そして最後が「社会的な存在になること」である。
この10年間のキーワードの一つに"正義の経営"と言うニュアンスを掲げたいと思っている。
会社及び事業における正義とは何か?
価値観の転倒、ニヒリズムの到来...こんな時代の社会性とは?
フィロソフィとしてのICT思想と、社会性との合致とは?またその実践とは?
こんなことを考えてこの10年事業に集中したい。
事業とは思想で行うべきものであり、フィロソフィは事業家の知的表現である。

  • 投稿者 shibuya

新しい海

2011年06月07日

"古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう。
古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう。
なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る。
古い水夫は知っているのさ新しい海のこわさを"

有名なイメージの詩の一節

"新しい海"は確かに怖い。
でも、ここへ漕ぎ出さないわけには目的地に到達しない。
例え古い船であったとしても。

"新しい海"は不安に満ち、未だ経験したことのない障害が待ち受ける。
そして、自分の限界を試される。
だけどハッキリしていることは、水が澱み、やる気の無い水夫ばかりの安全な古い海を目指しても、何も得るものはないということ。

ならば漕ぎ出そう!新しい海へ。
全力で漕ぎ出した上での失敗なら納得もできるが、楽な道を選んで失敗をしたら一生悔いが残る。
新しい海は、その圧倒的な自然の力が素直な心を育んでくれる。
そして、自分で少しだけ自分を褒めたくなるような、成長をもたらしてくれる。
何も見えない水平線を目指して進んでみれば、一所に留まっていれば一生見ることのできない新しい大地を踏みしめる事ができる。

ならば、新しい水夫は何も疑わずに、古い水夫は怖さを断ち切る勇気を持って、新しい海へ漕ぎ出すのだ。
きっと怖さは経験によって怖さでは無くなり、ワクワクの方が少しだけ上回るようになる。

  • 投稿者 shibuya

シンデレラ...

2011年06月04日

http://youtu.be/OhSukIUhE5A

http://youtu.be/7_OA-4_X1_I

http://youtu.be/qVFFoSTWrk8

なんだかねぇ~今見たらかなり恥ずかしい...^^;

携帯もメールも無かった時代だから今思えば不便だったよなぁ~でも不便だからこそ深かった。いい時代。新幹線に乗り込んで独りになったら、車内のBGMでこの曲が流れてた(笑)ただの出張帰りのオッサンはイヤだったろうな^^;JR東海もイケテルのか、イケテナイのか...

1980年後半のダイヤはひかり323号、東京21時発新大阪行きが大阪まで行くには最終で、1992年にはのぞみ号で21:18発が最終になったのも、技術の進化(笑)やっぱ便利になるのはいいことなのかも。だって、21時発に乗っても新大阪に着いてから御堂筋線と南海本線乗り継いで、帰れるのは各停で住之江駅終着だったから、そこから歩いてたもん(笑)

おまけにとにかく貧乏だったんで、東京でカッコつけてお金全部使い果たして、新大阪からの電車賃も残ってなくて、夜中に堺まで3時間かけて歩いて帰ったこともある(涙)

 

独りの夜は、懐かしい音楽をYouTubeで聴いてしまう...ってのも、ノスタルジックすぎる。おまけにユーミンだし...歳取り過ぎたか(笑)

久々に仕事を忘れたくなったわ、放浪の旅とか^^;今から会社へ向かうけど...

 

 

  • 投稿者 shibuya

"責任"

2011年06月03日

ここ最近この"責任"と言う言葉の意味を良く考えさせられる。

●立場上当然負わなければならない任務や業務
●自分のした事の結果について責めを負うこと

と、国語辞典にはある。
"責"だけで見ても「当然果たすべきつとめ」と書かれている。
「当然負う、当然果たす...」とあることからも、これは絶対条件なんだろう。
それなのに、その責を果たせない場合には、それを「無責任」と言い、それを人の責任として押し付けると「他責」となる。
一番タチが悪いのは、この責任の範囲から日常的に逃れる習慣がついていて、根本的にいつも責任を負わないという姿勢の持ち主。
そういう人はがんばっている人と同じステージに上がる権利さえ持ち得ないと言うことでいいだろう。存在する意味すらない。なので成長もしない。周囲と本質的に関わることなく、一生他責ばかりで死んでいくだけ。

さて、もう少し高度な責任について考える。
普通の人は、原則発達段階で社会性を身につけ、この責任の範疇についても学習と感覚で、同じ社会に属するもの同士の視点を共有できる。
これが大人になってその属する社会(会社組織)や立場によって、微妙に変化する。
幼少の頃から身に付いた広義な社会性が、会社組織や立場によって歪められる。
それにより、社会では通用しないような他責や無責任人間に...
人間とは弱いものなので、そんな風になってしまうのは、組織の歪な風土や立場に負けてしまうってことだろう。
なのでまず組織の風土として最重要なのは「責任の範疇」だと思っている。
いわゆる「自責意識」だ。
そして組織での立場上位者が、それに負けないために「ノブレス・オブリージュ」と言う思考が必要だ。
もう一つ、自我をコントロールするための「欲求の定義、最も目指すべきは自己実現の欲求」と言う考えである。
当社は、こういう思考ができる人材だけで構成したい。
そして、そういう風土であり続けたい。
このような社会性の大前提として成立するフィロソフィーのレイヤーにおいては、多様な考えを許容するという思考は通用しない。
これらは大前提である。
"責"とは当然果たすべき、当然負うべき...なんだから、そういうことだ。

歴史のある会社、既得権益を有する会社、勘違い社長が統治する会社...歪な組織、立場に負けた人材をたっくさん見てきた。
ちょっと気を許すと、それらは入り込んでくる。
だから、いつもいつもそうならないように風土醸成には注力する必要がある。
風土醸成のために、凡事徹底!
気持ちをこめて平凡なことを非凡に責任を真摯に果たし続けることが必要で、魔除けみたいなもんだと思っている。
「自責意識」「欲求の定義」「ノブレス・オブリージュ」「凡事徹底」「風土醸成」そんな当社の行動指針のすべてが"社会での責任を果たす"ために存在し、"成長のエンジン"である。

  • 投稿者 shibuya

ソーシャルインベストメント

2011年05月25日

かなり前にこういう考え方・仕組みを知人に教えてもらってから、いくつか文章も読んでいて興味のある分野。
だけど、なかなかリアリティを持つには至らなかった。
ここ最近、所有と経営の分離や、所有そのもののあり方をどうするのか?ってことを、10年後の当社の姿をイメージしながら方針を策定している。
そんな折に、3・11の震災。
何となく、ここからソーシャルインベストメントな考え方がわが国に広がるような気がする。
私は、経済至上主義、拝金主義的な株式会社のあり方はずっと馴染まないと思っている。
株式投資も単なる博打だと思っているし(笑)
ソーシャルファンドによるMBOによって、その会社の社会的な成果に賛同する社員及び住民が出資するような枠組み。
社会的な成果とは、地域への貢献であったり、弱者支援であったり、震災復興であったり、そもそも枠組みを形成するものであったり...
幸せの定義が変化する中、絶対にできると思う。
NPOなどがイメージされそうだが、主体者の体制は関係ない。
どれだけ「義」を貫いた正当なモデルとできるか。
どれだけ関わる人が、個人としての金銭欲を封印しているか。
わが国の多くのオーナー経営者が、これから所有について考えなければならないのだが、そんな手法論の一つとして十分に想定できる。
日本と言う風土にも合うような気もするし、まだまだ具体的に昇華はしていないが、ぜひ深めてみたい。
会社を経営する人間の一つの達成すべき目標としては、十分にやりがいがありそうだ。

  • 投稿者 shibuya

真剣!

2011年05月19日

オーナーだし社長だし、会社は8社もあるし、事業分野も多岐に渡り始め、「もう現場感丸出しの仕事は卒業かなぁ~」なんて思っていたが...

松下幸之助氏はこう言っていた。

・社員が何百人いようとも、社長の熱意は最高でなくてはならない。
・小便が赤くなるほど心配したことがあるか?それほど熱心に社業に取り組んでいるか?そういう真剣さが無ければ、奇跡など起こらない。
・商売は聖なる仕事である。格調高い仕事である。そういう仕事をしていると言う自覚と意思を持つことだ。
・商売は真剣勝負である。
・水はよどんだら腐る。水と同じく経営も常に流れてなければいけない。なので経営者は「日に新た」常に進化を考えなければならない。
・叱りもせず何もせず部下が一人前になることはない。
・会社の中で一番心配するのが社長の役目。
・社長自ら先頭に立ち、社員を率いてこそ真の「飛躍」がある。

結局、会社の大きさとかオーナーだからとか、そんなことで勝手に線を引いて、くだらないプライドを持ったところで商売には何の得も無い。
社長自ら現場感で仕事を引っ張る意思を持つかどうかだけだ。
戦場に飛び込んで、真に自分の実力を試すだけだ。
商売は真剣勝負、負ければ死ぬってこと。
生死を賭けた戦場でカッコなんてつけてたり、講釈並べてたら、簡単に斬りつけられて死んでしまうだけ。
熱意と迫力と能力と知恵があるものだけが生き残れる。
口先だけの甘ったれた思想は要らない。
辛いことなんて山ほどあって当たり前。
乗り越える力を持って始めて辛さから開放されるもの。
理念・思想・手法の整理はできている。
それを先頭に立って、血の小便が出るほどにやるかどうかだけだ。


  • 投稿者 shibuya

共感

2011年05月12日

ロジック(論理性)が正しければプレゼンや営業はうまくいくかと言えば、必ずしもそうではない。
もちろん、ロジックが破綻していればそもそも話しにならないが。
データや説明が多ければうまくいくかと言えば、これもNOである。
それらが多いのは、ロジックが弱い時に必死になって補足しようと考えてしまうからであり、「伝えたい!」と言う意思はわかるのだが、実際には心に響かない。
この答えと言うのは、プレゼンや営業と言う意味合いで言えば「当社のサービス・製品を導入、購入して欲しい。又は導入、購入したい。」と言うケースが多いだろう。
その答えに導くロジックってことなので、正しければそこに導けそうなもんだが、人間そう簡単にはいかない。
ロジックなんてものは、正しいと思えば何通りも存在し、答えも何通りもあるわけなので。

では、そこに何が不足しているのか?
それは「共感」である。
人に説明された正しいことはわかるが、イマイチ腑に落ちないロジックを滔々と説明されても全く共感は生まれない。
熱さは伝わるかも知れないが、元々違う方向を向いている相手の心を動かすには至らない。
「共感」を生むためには、仮定のロジックが答えに至るプロセスであることを一緒に納得し発見した喜びを共有することが重要だ。
これ、かなり高度な手法かも知れないが、意識しておけばいろんな場面で気づきがある。
この共感を生むためには、まず精神的に相手と対峙して座るのではなく「同じ側に座る」意識が必要だし、そのムードを作らないといけない。
違う方向を向いている相手のロジックにも理解と尊敬を持たないといけない。
その上で、私たちが信じるロジックが答えへのプロセスであることを共に発見し共感し納得できなければいけない。
そう考えると、プレゼンや営業の手法も自ずと変わってくる。
「先人の経験」「サービスや製品の開発者の想いや背景」「エピソード」なんてものが、「あぁ~なるほど!それでこのサービスが生まれたんですね」とか「この製品が開発された背景にはそんなロジックの戦いがあって、それを乗り越えて生み出されたんですね」なんていう「なるほど!」を生み出せば、かなり「共感」に近づける。

私自身も、違う方向を向いている相手、そのロジックを理解するに至らない相手との会話で、無理やりに答えに至るプロセスであるロジックを「なぜわからないんだ!」とばかりに説明しているケースが多いことに気づき、大いに反省している。

まず大切なのは「共感」である。

  • 投稿者 shibuya

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