ブログの渋谷

"義"を通す!

2010年04月16日

最近世の中的には、景気が悪くなって営業成績なんかが思わしくなかったり、組織としてミッションを果たすと言うプレッシャーが激しくなっているからか、「節操が無く何でもアリな営業姿勢」が目立つ。
口先ばかりで身勝手で薄っぺらな「win-win」なんて言葉にもアキアキしてくる。
"利他の精神"が希薄になり、本当の信頼感が見えにくい社会。
確かに、数字を残し勝たないといけないことは事実だが、それがイコール短絡的に何でもアリな節操の無い営業姿勢とはならないはずだ。
こういう時代こそ、長期スパンでの視点を有し"義"を通すことが重要である。

義とは、五常(仁・義・礼・智・信)のひとつであり、正しい行いを守ること。人間の欲望を追求する「利」と対立する概念だ。
義を通し続けることは、並大抵のことではない。
通すためには、力が必要だ。
本当に力があるモノだけが、真実の義を通せる。
多様で変化の多い事業の場面でブレることなく"義"を通し続ける。
"義"と"利"は対立する概念とされているが、本物の"利"とは"義"を通した先にしかないものだ。

  • 投稿者 shibuya

新年度に入って

2010年04月08日

新年度に入って早くも1週間
一つの区切りではあるし、新入社員の入社や組織改定、人事異動など、気分も新たにすることができる。
スタートは、それなりに順調に切れた。
組織や人事を動かすと、その時には色々と不満や心配の声が聞こえてくるが、変化を仕組みから強制的に促すと言う意味では、成長のためのツールの一つだと思う。
まだまだ、これからの10~15年の間にやり遂げないといけない目標を達するためには、多くの変化が必要だ。
今回の変化なんて、まだまだ全く軽いレベルだろう。
今後はもっと大きな変化があるだろうが、その過程では良い事もあれば悪い事もある。
そんな時、どう振舞えるかが勝負だ。
本質的にそういう場面に耐えながら成長できる人材を育てていくことと、企業の目標を達することは結果的に同義となる。
昨日、ある管理職が「本質的に社員が成長するためにはとにかく素直かどうかだ」と言っていたが、本当にその通りだと思う。
いや、本当は「素直」が成長の原動力の第一に来るようではダメなんだけど、どういう表現をする人間であっても、肝の底にある大前提の素養としては重要だろう。
これからの10~15年の間にある大きな変化とそれに伴う負荷に耐えつつ、成長できる人材になるには、まずは受け入れる覚悟が素直にないとダメだな。

  • 投稿者 shibuya

4/1

2010年04月01日

小さな頃なら、4/1はエイプリールフールってことで、くだらんウソをつく日。
今では、年度の始まりと入社式の日ってことで、身の引き締まる日。
6名の新卒+1名の第二新卒を迎えることができ、且つ昨年度は厳しいながらも何とか皆の頑張りで年度を終えることができ、新年度良いスタートが切れた。
今日は、何かくだらんウソついたっけなぁ??
あっ...新入社員研修でしゃべった内容が...イヤ、ウソです^^;




あっ...やっぱりウソついたか(笑)



新年度早々くだらない...

  • 投稿者 shibuya

"坂の上の雲"

2010年03月28日

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写真は、旧松山藩主の子孫(久松家)が1922年に建てた「萬翠荘」

先日の四国出張の際、バスの待ち時間が少しあったので、近くにある館までぶらっと坂をのぼって見に行った。ちょうど桜が三分咲きというところで、寒かったがとても天気の良い日。

ここ松山出身の、秋山好古、秋山真之、正岡子規を軸とした小説“坂の上の雲”

多くの経営者が座右の書とする司馬遼太郎の長編小説だが、この第一巻のあとがきにはこうある。

“この長い物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語である。やがて彼らは日露戦争というとほうもない大仕事に無我夢中で首を突っ込んでゆく。最終的には、このつまり百姓国家がもったこっけいなほどに楽天的な連中が、ヨーロッパにおけるもっとも古い大国の一つと対決し、どのように振舞ったかということを書こうと思っている。楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながら歩く。のぼってゆく坂の上の青い天に、もし一だの白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて坂をのぼってゆくであろう”

 

武士道が残る最後の時代に、武人だちが藩から初めて国家を意識しグローバリズムと帝国主義の恐怖にさらされる中、懸命に一途に選択肢のない不自由さの中で、「人は一生に一つのことを成し得ればええんじゃ」とひたむきに坂の上を目指す物語。

松山の地の青空と明治をイメージさせる風景に、少しだけ気持ちが洗われた。同時に、選択肢が多すぎる自由と言う名の不自由な時代に、坂の上にあるただ一点の白い雲をのみ見続けることの大切さと儚さと滑稽さを少しだけ感じることができた。

 

  • 投稿者 shibuya

名古屋名物"みそカツ"

2010年03月26日

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昨日は名古屋へ出張。

ちょうどお昼頃近鉄名古屋駅だったので、近くで昼食.....こりゃやっぱり“みそカツ”か“手羽先”か“ひつまぶし”だろうってことで真っ先に発見した“矢場とん”へ^^;

出張の密かな楽しみは、ご当地の名物を食すること(笑)熊本の夜は当然“馬刺し”みたいに...

いやぁ~美味かった!しぐれ煮のお土産まで買ってしまった(笑)

 

  • 投稿者 shibuya

ベッキー・クルーエル

2010年03月22日



↑Before↑


↓After↓





 


なんて言うか、おっちゃんにはわかりまへん^^;


ソーシャルメディアがグローバルに...とか、CGMの隆盛がメディアを変革する......なんてくだらん論評もアホくさい(笑)


日本は間違いなく、"アニメ""おたく""コスプレ"の国なんすね。


♪だんじょだんだんじょだんじょ...だんじょだんだん...♪


気分が盛り上がってきたよぉ~^^;


 




  • 投稿者 shibuya

ほんとにこの国は大丈夫か??

2010年03月21日

日本国の借金はすでに900兆円にも上っている。
また、2010年の税収は年間38兆円だが、この借金の利息支払額だけで約10兆円にも上る。
平成2年の税収が49兆円だが、その割りに国家の一般予算は大幅増加。
これだけを見たら普通は相当ヤバイが、国民の貯蓄残高が1,400兆円あるってことが、大きな安心の下支えになっているらしい。
国債のほとんどを国内の金融機関が保有しており、その原資が国民の貯蓄と言う形だ。
1,400兆円と言っているが、国民の借金もあるわけなので、場合によってはもっと小さいと考える方が自然だ。
借金が1,000兆円を超えてくるようだと、そりゃ相当ヤバクないかい...
おまけに、税収が減り続ける中で利払いはドンドン上る。
消費税増税せずに何とかなるのなら良いが、難しいなら何とかして原資を作らないとトンでもないことになる。
その一つ手前の「無駄の排除」や「政治とカネの問題への決着」で、これだけモメてるようじゃあ、こりゃこの国の政治には悲観的になるわなぁ~
最悪の統計では、ここ10年程度で日本国自体のデフォルト(債務不履行)だってありえると考えられてます。
いくら国内金融機関との貸借だと言っても...ねぇ...
財政赤字の対GDP比、米国の81%、G20各国の平均が72%なのに対し、日本は217%
もう、そりゃヤバイっしょ。フツーの感覚では。

最近、食料の国内自給率を高めましょう!ってTV-CM多くないかい??
デフォルトになって、円の価値が急落したら、真っ先に食料輸入が止まるんだろうなぁ~とフツーは思うね。(ジンバブエみたいにそんなに単純ではないだろうけど)
もしかして、そんなことまで想定して食料国内自給率を上げようとしてるんじゃあ...と思うと、そりゃちょっと怖ろしい。

  • 投稿者 shibuya

社会人としての"最初の第一歩"

2010年03月16日

新卒採用などで学生に時々こんな話をしている。
だが、案外当社社員も含めて、すでに社会人になっている(と思われる)人材でも、この「社会人として最初の第一歩」の考え方を理解してない人が多いように思う。

Wikipediaでは、「社会人とは、社会に参加している人のことである。一般に社会で責任を持って生活している人を指すことが多い」と定義されている。
で、この「社会」の定義とは「人間と人間のあらゆる関係を指す」とされている。

この人間と人間のあらゆる関係と言うのが、国家であったり、会社であったり、自治会であったり、小さくは家族であったりするんだろう。
この中で、定義には「社会で責任を持って生活をしている人を指す」とあるので、責任を有しそれを規定されていると言う意味では、一般的に社会人が活動する社会の単位の代表的なものは国家や会社だと言える。

ではまず社会人がその第一歩として理解しなければならないこととは「社会人が社会人足る存在たらしめる一番の意義は、その責任を理解すること」に他ならない。
なぜなら、一般に国家や会社に責任を有して参加する人のことを社会人と言うので、その責任を有してない人や、理解してない人は社会人の定義に当てはまらないからだ。

じゃあ次は当然その責任とは何か?である。

国家と言う社会に属する社会人と言う意味では、まずは納税であったり、年金を納付したりと言う責任だろう。
納めた税金によって社会を司る仕組みが生成され運用されるわけで、極端に言えば労働力とみなされる年齢層の人材が納税義務を果たさず(働いてない)、寄りかかっているだけなのであれば、その人は本来は社会の恩恵を受けることができないはずだ。
どんな仕事でも選ばなければ絶対に仕事はあるわけなので、ブツブツ社会を批判したりしたところで、こういう人材は人間と人間の関係である社会において責任を果たせないわけなので、無人島ででも一人で暮らすべきだろう。
派遣切りがどうとか、雇用政策がどうとか、ゴチャゴチャ言う前にとにかく働いて納税する責任を果たすことが大前提である。

また、会社と言う意味での責任については、「会社毎に規定されたルールを遵守し、指示命令を守り、目標である利益に向けて最大限の努力をすること」になる。
その上で、国家に属する会社も付加価値を上げ、法人税などを納付し、その責任を果たしている訳だ。
業務上の自由さは大いに結構だが、まず会社に属する社会人としての大前提の責任を理解せずに、自由さとか批判とか主張をするような人材は、会社に属する権利はない。
会社が提供する恩恵を受けることもできないわけで、独立でもして一から十まで全てを自分独りでやってみることだ。
どれだけ甘ったれた中での身勝手な主張を言ってたかがわずかでも理解できるだろう。
同様に、最低限の責任は理解してても、勝手に自分で線引きをし、くだらない自己保身ばかりに明け暮れている人材も、結果的には社会人である責任を知ってはいても果たしてないのと同じことだろう。
会社と言う社会の単位に属する人間の責任とは、「会社毎に規定されたルールを遵守し、指示命令を守り、目標である利益に向けて最大限の努力をすること」なのだから、身勝手なボーダーを設けて努力をしない人間や、上っ面ばかりの保身人間も、実態的にはその責任を果たしてないことになる。


現代は、いろんな情報もあるし、いろんな選択肢もある。
だからこそ、その「自由」を勘違いし、本来社会人が負うべき責任を果たすと言う大前提を見失っているケースが見られる。
社会人とは本来メチャクチャ不自由な存在で、自分が属する社会を成立させるために、個人を犠牲にして、同じ社会に属する人たちとの協働により責任を果たし価値を見出すべき存在である。
自由なわがままばかりを主張するのなら、社会に属する権利を放棄するべきだ。
自分が周囲や社会によって生かされており、お互い様の気持ちで社会が成り立っている中に、個人の欲やプライドやわがままがまかり通る訳が無い。
世界人口68億人、そのうち40億人が年収3,000ドルに達してない世界の現状の中、この国の社会がどれだけ甘ったるく、恵まれているかをまずは知るべきだろう。


  • 投稿者 shibuya

"Keyword"

2010年03月11日

私たちの会社は事業の一定の拡大を続けるため、常に新たな市場、新たなテクノロジー、新たなニーズ、新たな社会と課題、新たなハード、新たなサービス、そして普遍的な人間の真理と感性を感じている必要がある。

そんな中で最近感じているキーワードの一例を。
※まぁ当たり前のことが多いんだけど、それも含めて感じておくべき必要なことなので、「何を今更...」とかって言うのは無しでお願いします(笑)

■高スループット
■通信コストの削減
■動画系などリッチコンテンツのビジネスソリューション化
■セキュアなワイヤレスアクセス
■アプリ・コンテンツのオープンマーケット
■プラットフォームの提供者になるには?
■Machine-Type Communications
■Freeの概念とその誤解
■モバイルAR
■Android
■オートGPSと位置情報全般
■民主化
■シェア・フラット・インタラクティブ
■子育て支援系
■移民
■ネット選挙(公職選挙法改正)
■業界団体

書き出せばキリがないんだろうけど、何となく思い出したものが、今現在すぐに頭にあって取り出し可能ってことだろうから、まぁこんなところで。

  • 投稿者 shibuya

熊本城

2010年03月07日

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先週は、超強行スケジュールで、九州~中国方面への出張。

最近の出張は東京ばかりだったので久しぶりに。

特に鹿児島とか宮崎とかは何十年ぶりかって感じだし、長崎は佐世保は生まれて初めての訪問。

忙しくてかなり大変だったけど、仕事面では良い出張になった。

同時に、全国各社の同業者との深い関係性やネットワークの重要性を改めて感じた。

で、写真は熊本城。

熊本泊の早朝、ホテル近くの熊本城周辺お散歩。

朝早かったのでまだ開門してなくて、中には入れなかったけど、ゆったりした気分にさせてもらった。

こういうのも出張のちょっとした楽しみだったりもする(笑)

さぁ今週も忙しくなるなぁ~東京2往復に東北とか...(苦笑)

日曜にしっかりと準備をしてと。

 

  • 投稿者 shibuya

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