ブログの渋谷

会社は社会における公な存在

2009年03月07日

私たちの会社は同族企業で、ほとんどの株式を身内で保有している。
しかし、それは私利私欲のためではなく、株式が離散することでのファイナンス計画が歪な状況にならないようにと言う意識が強い。今の段階では。

会社とは社会の一つの主体で「公」な存在なので、決して株式を保有しているからその人が自由にしていいと言うものではない。
その為に、外部監査、外部役員などの牽制や総会などの意思決定手法が定められ、一定の枠組みの上で成り立たせようとしている。
しかし、中小企業の多くはそういう枠組みが適切に遂行されていない。
株式を保有している人の考え方に委ねられているケースが多いはずだ。
自分が出資してリスクを負っているので、会社を私物化し適当な嘘で社員をごまかし、言葉では決して言わなくても、社員は自分の報酬(贅沢)のために働いていると考えている経営者=株主は相当いる。
適切に税金を払わず、私利私欲の為に何でもかんでも会社経費で落とす。
十分な利益が出ていれば全く結構だが、こういう会社は大概ギリギリの経営が多く、社員の身を削って経営者の贅沢を支えていたりする。
また、そこまであくどくなくても、会社組織の本質的な目的のためではなく、自己のプライドやこだわりを優先してしまうケースもあるだろう。

会社は決して私物化してはならない、社会の「公」な存在である。
付加価値度を上げ続け、その結果として成長しながら利益を計上する。
社会の主体の中で、付加価値を上げ自分が属する社会の単位に成長をもたらすことができるのは会社だけ。
この利益が納税となり、給与となり、社会を豊かにする。
そう考えれば、決して私利私欲の為に私物化して良い訳が無い。

経営者=株主になれば、誰もその行動を叱る人間がいなくなり、牽制が起こりにくい。
だからこそ「義」を通さなくてはならず、自らを律しなくてはならない。
その為には、情報も行動もオープンにすることが大切だ。

死んだ父親は「働かざるもの食うべからず」といつも言っていた。
本人が言いたかった意図と、今の自分が感じているものは違うかも知れないが、経営者は会社の中で一番汗を流していないといけない。(決して実務をやると言う意味ではなく、引き受ける意識の強さから、一番会社のこと仕事のことを考え行動しているということ)
その引き受ける強さも持たず、自分は出資してリスクを追っていると言う使い古した言い訳で納得をして私物化するようでは、会社が「公」としての義を通せるはずもない。

何かと殺伐として、自分さえ良ければと言う風潮の世の中。
社会の主体者として「公」の意識を突き通せる会社であり続けたい。
その為に社員には厳しい意見もするだろうし、戦わなくてはならない時もあるが、それは、道徳性・社会性から発展した統治原理の範疇である。
その上で、必ず10年後15年後に、納得できる会社であることを私は誓う。
  • 投稿者 shibuya

人は城

2009年03月02日

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」

この有名な言葉が成立するには前提がある。
現代の企業が戦国時代の国や領主に置き換えられることが多いが、この言葉だけでは現代企業の"人財"に対する解にはなり得ない。
複雑化した環境が、本質をボヤけさせるが、自由と統治の尺度が現代とは違いすぎる。

昔のフォークソングには"自由"って言葉が良く出てくる。
自由を手にしてみたら、その責任の重さに逃げ出したくなるものだし、本当の自由なんて、めちゃくちゃ不自由で(拓郎だったっけ...)孤独なもんだと思う。

宮沢賢治は有名すぎるけど。

雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち
慾はなく 決して瞋らず いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり そして忘れず 野原の松の林の蔭の小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいゝと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い
一人のときは涙を流し 寒さの夏はオロオロ歩き みんなにデクノ坊と呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず そういう者に 私はなりたい

現代人が考える"自由"とは程遠い生活。
しかし、多くの人の心を掴んで放さない私利やプライドなどとは無縁の生き様。



「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」

キレイ事かも知れないが、もう少しだけこの言葉の本質だけを信じてみようと思う。
何事にも殺伐とせざるを得ない現世。
本当の義を守るために、戦わないといけない時もある。
あっ、そう思えば、結局は昔も今も本質論は同じか...
ならば、組織の統治手法含めて、まだまだやれることはたくさんあるはず。
この言葉を信じられるようになるまでは。
  • 投稿者 shibuya

好きな食べ物

2009年02月27日

すんごいくだらないが、今更ながらに“たまごかけごはん”が大好きだ!正直毎朝食べている。
必ず、たまごかけごはん専用のしょうゆを使いたい!

http://homepage3.nifty.com/takakis2/syouyu.htm

そこに、味付け海苔を一緒に食べると、ノリ20枚は一膳でいける。
あと、スーパーで売ってる“コロッケ”にケチャップをベッタリつけて食べるのと、これもスーパーで売ってる“からあげ”に塩を振りかけて食べるのが好きだ!

毎日、この組み合わせでも生きていける。たぶん...


もしもあと一品付けたすことが許されるならば、迷わず551のシューマイを選ぶだろう。一個当たり123Kcalは強烈だが、いつも10個入りを購入すると決めている。カラシしょうゆに肉汁がジュワッーっと広がりご飯が進む。

http://www.551horai.co.jp/syouhinn/eiiein.html

あっ、念のためだが551のシューマイの時には、“たまごかけごはん”ではなく、常識的にもちろん“白ごはん”となる。

さらにさらに、何としても加えておきたいのが、日清やきそばだろう。昔ながらの袋に入ったタイプで、もちろん具は無しで2玉いっぺんに食べる。誤解があってはいけないが、日清やきそばは主食ではなく、おかずである。 なので一緒にご飯を食べるわけだが、この時も“白ごはん”が正解だ。

http://www.nissinfoods.co.jp/product/p_11.html?ref_page=srch&atr_2%5B%5D=4

奥深い........

  • 投稿者 shibuya

ケータイ安全デスク(ケータイリテラシー)

2009年02月23日

柏中央LTD.JPG

この土日と千葉県は柏市のドコモショップで、「ケータイ安全デスク」を開催した。

内容的には、当社が学校授業などで行っている小中学生向けのケータイリテラシー(情報モラル教育)を、うまく携帯ショップの店頭用にカリキュラムを練り直したものだ。

EMA(モバイルコンテンツ審査・運用監視機構)にも協力を頂き、先方で作成の啓発教育教材も活用した。

http://www.ema.or.jp/press/2008/1218_01.html

集客はボチボチといったところだったが、受講していただいた皆さんには大変好評だったので、内容はかなり精査されてきたと思う。

私たちは、ITやモバイルの仕事をしているが、その健全な発展のためになるこういった取組みは、本来の事業に付加価値を与えたり、関わる社員自身に幅が出てくるので大切である。

 

  • 投稿者 shibuya

引き受ける強さ

2009年02月19日

一日24時間の内、7時間寝ているとして、その他で自宅で寛いだり、外で遊んだりと言う自由な時間が7時間。
残りの10時間は通勤時間も含めて仕事をしている。って辺りが、平均的なところか。
年間休日が120日程度であれば、1年の総時間の内で、寝ているのが30%で、自由時間が40%で、仕事をしているのが30%ってところか。
自分の場合で試算すると、年間休日60日として、寝ているのが25%で、自由時間が20%で、仕事が55%くらいかなぁ...

人生のこれだけの時間を仕事に費やしている。
なんだかんだ言ったところで、この仕事の時間が気分良くなければ一回コッキリの人生は味気ないのかも...

じゃあ、どうすれば気分のいい仕事の時間になるのかって考えると、最終的には周囲の責任にしていては、どこまでいっても満足な時間にはならないってことに必ず行き着く。
そりゃ、言い訳して周りに責任を押し付けてて、自分自身で満足できるはずもない。
もし、そんなことで満足してるんなら、それはただの勘違い^^;

自信持って精一杯やってみて、失敗して凹んで、うまくいって喜んで...いつも全身全霊の全力投球で。

"流した汗は嘘をつかない"なんて、ダサいフレーズが妙に懐かしくて気持ちいい。

他人も過去も変えられないけど、未来と自分は変えられる。
自分が変わって始めて他人も変わる。
さぁ、雨の日には雨の中を、風の日には風の中を、すべてをあるがままに受け入れながら、一切を引き受けて歩いて行こう!
それが唯一の納得できる人生を行く抜く手法で、多くの時間を占める仕事に対する姿勢だ。
  • 投稿者 shibuya

2010新卒採用

2009年02月18日

説明会2010.JPG

2009年新卒採用活動は、この4月入社の3名が確定し後は入社式を待つばかり。

と思っていたら、当然毎年やってくる採用活動は、すでに2010新卒採用へと移っている。

会社説明会も4回終了し(写真は2010年第2回の会社説明会)、2010年は恐らく100名程度から選考していくことになりそう。

2009年活動時は、初めての新卒採用と言うことで手探りだったけど、今年はかなり要領がわかってきて流れがスムーズ。

これが当社グループで新卒2期生となるわけだけど、新卒はこれから毎年必ず採用していく。

当社の考えは、「会社は雇用と納税を維持しながら、地域に根ざして長く継続し続けること」なので、これからも毎年採用を行いながら、着実な業績の伸びを維持し続けたい。

それにしても、ここ数年は中途採用が中心だったので、勤続年数が短い社員が多い当社では、組織の統制や「わが社とは!」意識が少し希薄だったが、新卒採用活動を通じて現社員にそういう意識が生まれてきていることが最大の効果だろう。

会社はある程度の基盤形成を図れ、新卒採用は当社のこれからの10年がスタートする象徴的な事象なので、とっても清清しい気分。

 

 

  • 投稿者 shibuya

メロディコールはジャニス

2009年02月08日



ドコモケータイの着信時に、「プルルルル~」の代わりに音楽をコール音にするメロディコール。


以前は、Cyndi Lauperの“Time After Time”だったけど、今は Janis Joplinの“Move Over”っすね。


時々、「アレ聞いたことあるんだけど、誰?」って聞かれるんで、ご紹介を


 


 

  • 投稿者 shibuya

ナショナリズム

2009年02月01日

金融資本主義が深化した結果、未曾有の恐慌へと突入している世界だが、各国の保護政策が顕著になってきた。
今までのグローバリズムは何だったの?と考えてしまったが、でもよくよく考えればグローバル化とは実はナショナリズムを進化させるってことか。
ナショナリズムを政治的な国家を単位とするならば、多くの国家は政治的・宗教的・民族的にそれぞれが歴史を持ち、誇りを持っているわけで、それが米国主導のグローバリズムなんてものに簡単に染まるわけもない。

一方、わが国はと言えば明治維新以降、戦前の一時期を除けばほぼ脅迫概念かのように、世界の状況に合わそうとしてきた。
それは資源がない国の宿命とでも言うべきで、悲壮感すら漂っている。

これからの世界は、情報革命以降のグローバルな展開がより進展することは明白として、その上でのナショナリズムが進展する。
投機的な資源バブルは収まったが、長期トレンドでは資源ナショナリズムがより色濃くなっていく。
各国のあからさまな経済保護政策は、昨今のWTOを見ていても明らかだ。
1929年世界大恐慌の結果、各国の保護政策が進展し、国家間格差、資源問題が第二次世界大戦に突き進んだことは、誰もが承知するところ。
宗教問題も含め、モラル無き保護政策の延長上にある排他的ナショナリズムは非常に危うい。

そういう風潮が世界に蔓延しても、わが国は我慢の中から日本的経営システムを守り通したいものだ。
雇用を維持し、社会の一つの主体として国家・地方自治体・会社などの役割を今こそ見直し、一体感を持って社会システムを維持し続けることが重要だ。
  • 投稿者 shibuya

リーダーシップ

2009年01月31日

今日は終日幹部研修。
"リーダーシップ"をコアとしながら、マネジメント・人財育成などを学び、ワークする内容。
12名の幹部が研修に参加しており、私はオブザーバー。
研修を聞き、また参加している当社幹部の意見に耳を傾けると、自分自身の気づきがたくさんある。

私自身は、元々甘ったるい人間で、仲良くしていたいタイプ。
要は嫌われたくないだけと言う個人の欲求が勝っていたってこと。
だから数字にも甘いし、組織の統制も甘い。
そんなトップの下に会社が成長するわけも無く、たくさん失敗をした。
私がそんな甘さでは、結果的に社員を社員の家族を、地域を社会を不幸にすることに気づいてなかったってことで、社会の枠組みの中で自分の立場と役割をわかってなかった。
なので最近はそれなりに厳しく理不尽に独善的である。
まぁ、嫌われてるだろうなぁ~自分勝手だし。
しかし、会社は失敗していない。
会社と言う社会の中での一つの主体の役割はただ一つ。
「継続的に社会のためになる事業を行いながら、付加価値度を高め続け、雇用を維持して納税し続けること」
そういう会社のトップの役割は、ただただこれを実現し続けることだけ。シンプルに。
個人の欲求とか、嫌われるとか、そんなことはどっちでもいい。動じない。


ってな、カッコいいこと言ってるが、まだまだそこには至らない。
だから、こういう研修の場でもたくさんの気づきがあるんだと思う。

自分の今年のテーマは今一度元々の自分の性格である甘ったるい面の中で、「人を信じ信頼する」って部分だけを抽出して、実践したいと年始に決めた。
こういう研修を受けている当社幹部が、リーダーシップを身につけたマネージャーとして、各組織立場で力を発揮することで、会社の役割を達成し続け、そういう行動を取ってくれる幹部を信じて信頼できるよう務めたい。
  • 投稿者 shibuya

社会性

2009年01月25日

よく"社会性"と言う言葉を使う。
社会性という言葉の定義自体が曖昧なので、イメージとして使うケースが多いと思う。
なので、私が使う時の定義は。

人間は、家庭・地域・会社・国家など全ての社会を司る組織で活動をしながら生きていくのだが、その中では法律など守らなければならないルールがある。
社会性とは、そういう定められたルールではなく、社会の中で生きていくために必要だが、法的に定義されて無い能力のことだ。
例えば「空気を読める」なんてのもこの能力の一つだし、「人の話を聞いて適切な行動が取れる」なんてのもそうだろう。
また、最低レベルには、法律などのルールを守るってのに近いレベルの社会性ってのもあると思う。
人間は家庭や学校、友達付き合いなど発達段階に応じて、この社会性のレベルを上げていく。
例えば、「挨拶する」とか「人を傷つけない」「カンニングしない(笑」なんてのも、最低限必須な社会性だ。
人間が(日本人が)生きてきた中で、正しいと思える常識的な振る舞いと、やってはいけないと思える行動ってのは、ある程度社会で共有されているものだ。
この共有されている振る舞いを行える能力が社会性である。

この発達段階に応じて身に付くはずだったものが、最近少し甘くなっている。
一つの視点は、社会性そのものが多様化し、自由な行動・振る舞い・考え方が容認されることで、一意ではなくなってきたこと。
もう一つは、上述最低レベルの社会性すら、教えられなかった場合又は教え方が弱いことで間違った認識を自分勝手に持ってしまった場合がある。

会社は、この最低レベルの社会性を有している社員で構成するもの。
ここもないのに、社会を司る主体で活動するのは難しい。
何らかの事情でこの能力を身につけることができないのであれば、それはセーフティな環境を国家が整える必要がある。
会社の社会での役割は、そういう能力を身につけさせることではなく、市場において付加価値を創造することで、何らかの生産性のある活動をすること。
なので、最低レベルの社会性を有していない社員が組織にいては、この役割の障害になってしまうので、ここは譲れない。
その上で、もう少し上位の社会性(能力)については、場合によっては会社活動と言う一つの発達段階において身につける場合もあるし、より高度な能力も身に付くように会社は「研修」「風土」など環境を整えないといけなくて、そのことにより会社の役割を達することができるようになる。

  • 投稿者 shibuya

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