ブログの渋谷

北京五輪

2008年08月17日

北京五輪開催中!
だけど、どうもメディアがはやし立てるほど、心が動かない。
まぁ確かに日本選手の活躍には心が躍るが、今までのそれとはかなりちがう。
この違和感は何なのか??
五輪の商業主義はともかくも、国粋主義のそれは1936年、ヒトラー時代のベルリン五輪を彷彿とする。
五輪期間前から一時的にユダヤ人や黒人に対する迫害を緩めたり、派手な聖火リレーを行ったことなどは、かなりカブる。
ベルリン五輪はドイツ国民には大成功となったが、その後世界はご存知のように第2次世界大戦へと突き進む。
偽者だらけの開会式や、チベットやウイグルでの民族弾圧などは、上辺だけの北京五輪の象徴のようだ。
中国のこういった姿勢が、どうしようもない違和感の根底となっているように思う。


それはそうと、石原都知事が北京五輪開会式で福田首相が自国の選手入場の際、立ち上がらなかったことや、選手村を訪問した際「せいぜい、がんばってください」と言ったことについて、強く憤っていた。
“せいぜい”って、なんじゃそりゃ!って確かに思う。
まぁ、教育問題の際「小中学生に携帯電話なんて持たせる意味が無い!」と強く発言していた時点で、この時代錯誤も甚だしく社会性のカケラもない国家の代表には、ほとほと失望していたが。

北京五輪....そんなこととは関係なく選手のがんばりに純粋に感動していたいものだ。
 

  • 投稿者 shibuya

電気自動車

2008年08月07日

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三菱自動車から初の電気自動車“i MiEV”が来秋発売される。

まだ1年以上あるわけだけど、期待は大きい。

家庭用のコンセントから充電できて、満充電で160km走るわけだから、普通のドライバーには全く問題ない。

普通のAC100Vからだと、満充電までに10時間以上かかってしまうが、夜の間に充電することを習慣にしていれば、深夜電力も使えるし、セカンドカーと思えばそんなに不便ではないかも。

ガソリン代がかからずに、深夜電力の費用だけなので、燃料費も相当安く抑えられる。


※写真のガソリンの注入口に当たるところから、コンセントが出ている。


わが国で自動車から排出されているCO2は、全排出量の20%を占めている。

エアコンの温度を上げるとか、シャワーの利用時間を短くするとか、いろいろ個人でできることはあるが、車をEV(電気自動車)に乗り換えるのが、一番貢献できるんだと思う。


でも、全く支障なく使えるまでには、技術革新含めて時間がかかる。

HEVやP-HEVなど、ハイブリッド系がしばらくは有効か。

取りあえず今すぐにできることは“エコドライブ”だ。

これを習慣にすれば、そこそこ走る人で、1kg/日のCO2削減がこれだけで実現できてしまうし、燃料費もこれだけガソリンが高くなってるんで、月に数千円は抑えられる。

たぶん、電気自動車が当たり前の時代の前に、エコドライブが当たり前の時代が到来するんだと思う。

  • 投稿者 shibuya

シンプルに!凡事徹底!

2008年07月27日

働いていると、いろいろと悩むときもあるし、壁にぶつかることもある。
今までの自分の仕事よりも難易度が高まり、難しいことを考えないといけなくなったり。
会社の中で、社会の中での立ち場の変化と共に、自身も成長しなければならないんで、そこには必ず壁がある。
そんな時には、できる限りシンプルにできることをしっかりとやってほしい。
いわゆる凡事徹底だ。
基本に戻って、日々の中で忘れがちな凡事を徹底して継続する。
挨拶・報告・元気・掃除・整理なんでも構わない。
ホームランは必要ない。単打を繰り返せばいい。
基本を大切に行えば、必ず光明が見え個人の成長の基盤となる“太さ”が身につく。
その“太さ”を自信に、失敗しても構わないので、思い切って自分の殻を破って欲しい。
なので、まず先にあるのは、凡事徹底である。


蟹工船が流行っている。
格差が広がり、仕事に対する意識が低下する。
わが国は内需に限ればリアルにマイナス成長時代に入り始めていると言っても、誰も異論はないだろう。
そんな時代に、私たちの会社は以前から「一生働ける会社」「成長と共にポストと報酬を与えられる会社」「理不尽さを排除して透明でオープンで納得感のある会社」を目指している。
人生を豊かにできる仕事の在り方をいつも考えている。
私は私のミッションである上述のような会社の在り方に向けて自身も成長しながら実現したいと思っている。
社員も甘えを排除して、まずは凡事徹底。その上でしっかりと成長し、目指す方向に共に歩んで欲しい。
 

  • 投稿者 shibuya

マネージャー研修2008

2008年07月23日

今年度も管理職を対象とした社内のマネージャー研修がスタートした。
全3回のプログラムであるが、かなり濃い内容となっている。
今回はグループ内から12名の課長級~係長級が参加した。
年齢も性別もマチマチなのは、当社の場合中途入社が多く、一般的な世代毎の昇進スピードみたいなものではなく、実力次第で評価しているから....とも言える^^;
この“実力”とは、基礎能力はもちろんあれど、それ以上に重要なのが“主体性”“真摯さ”である。
まだまだ組織風土を構築している段階なので、物事を斜めから見始めるといくらでも「言い訳」ができてしまう。
そういう意味では、まずはドップリど真ん中から正々堂々とコミットする意識を持つことが一番大切だ。

今回の研修では、そんな意識を持ちながら、且つマネジメント能力の向上を目指している。

1)理念/ビジョン~自己のマネジメント~マネジメントベーシック
2)人材マネジメント
3)モチベーション~コミュニケーション~キャリア

など、管理職が悩みがちな項目に絞って研修を実施していく。
基本はドラッカーや松下幸之助など、先人の論理を元に構成されているので、極めてベーシックで且つわかりやすい。
なかなかすべてを理解し、実践するのは難しいかも知れないが、この研修を受講している管理職は、今後大いに期待している人材ばかりなので、少しでも真摯に受け止めて、日々極め続けてほしい。
こういう研修によって、「気づき」が得れることは、とてもすばらしいこと。
 

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自治体総合フェア

2008年07月19日

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7/16-18の3日間、東京ビックサイトで自治体総合フェアに出展した。

来場者こそ、さほど多くなかったがスマートバリューが推進する「いくくるうぇぶ」(CMS)や、「いくくるメール」などには引き合いが多かった。

CMSはすでに導入されている自治体も多いが、ASP/Saasでの提供やコストの低下、機能の充実など、次の世代に入ってきている感じがする。

CMS2.0と言ったところか。

SDVで「エコドライブサポートサービス」とネットいじめ防止など「情報モラル啓発事業」について、参考出展をしたが、こちらの反応はもうひとつ。

と言うか、ギリギリ滑り込みで、パネル出展だけ参加してもらった感なので、まぁ仕方ない。

資料を多くの方が持って帰ってくれただけでOKとする。


それにしても、隣ではビジネスショーが行われていたりしたが、こっちも参加はイマイチ。

向かいで行われていた「ホスピタルショー」は大盛況.....業界の元気さや、世の中の移り変わりを目の当りにしました。

 

  • 投稿者 shibuya

展示会

2008年07月14日

今月は2本の展示会に出展。


まずは、今週7/16-18まで東京ビックサイトで開催される“自治体総合フェア”

当グループのICT関連会社である、スマートバリューがオリジナルのサービスとして「CMS(コンテンツ・マネジメント・システム)」やメールソリューション、RF-IDソリューションなどを出展します。

また、SDVホールディングスの事業本部として、「エコドライブサポートサービス」(テレマティクス)や「ネットいじめ防止情報モラル事業」についても、パネルやパンフレットを出展します。


http://www.noma.or.jp/lgf/


来週の7/23-25は、幕張メッセで開催される“Automotive Technology International”(ATI)において、オプテックス様のブースにて、「エコドライブサポートサービス」をパネル展示します。

環境対応のテレマティクスサービスとして、オプテックス様との協業モデルです。


http://techon.nikkeibp.co.jp/ATI/

お時間のある方はぜひ!!


 

  • 投稿者 shibuya

青少年のケータイネット事情

2008年06月30日

我が家の長男も中学2年生になってケータイを使いこなしているようだ。
メールやゲーム、音楽のDLは当たり前。
プロフやホムペでのコミュニケーションも盛んに活用している.....と思う。

当社でも自治体の教育委員会から「ネットいじめ防止」に関するプロジェクトを受託したこともあり、今まで以上に色々と調査をしているが、これマジでヤバいことになってますね。
PCの世界はある程度大人が理解しているが、ケータイインターネットの世界はPCのヘビーユーザが参画して来ないこともあってか、濃いところは子どもの世界。
PCに慣れた大人では確かに面倒だと思うし^^;

この世界がいじめや犯罪の温床となり、世の中には荒んだ事件が後を絶たない。
秋葉原の事件初め、少なからずケータイインターネットが何らかの関与をしているケースも多い。
しかし、だからといってケータイを持たせない!と言うのはテクノロジーとコミュニケーションに対する冒涜であるし、社会性を教育できない大人が何にでも反対するのに似ている。
ケータイがもたらした利便性と世の中へのインパクトは計り知れないものがある。
遅すぎた感はあるが、これからは社会性・リテラシー含め、適切な方向へこのテクノロジーとメディアとコミュニケーションを向かわせるのが、私たちの責務ではないか。
同時にルールを作らずに、こういう仕組みだけを作ってきた事業者は、拝金主義だけに走るのではなく、今一度社会におけるケータイインターネットの在り方をもっと深いレベルから考え直さないと、大変なことになる。
この分野では世界のトップランナーのわが国の動向を、これから同じ問題が出てくるであろう各国が注視していることも忘れてはならない。
 

  • 投稿者 shibuya

自責と他責

2008年06月17日

あまりに何事も他責にする人間の多いことか。
それはあからさまなものではなく、責任と言う事の深さを自分の中で適当に切り上げて、勝手な解釈で責任の範囲を決めてしまっているので、その範囲の中では確かに自責の念は持っているんだろうが、全く義理を果たせてないことに気づいていないと言うケースが多く、これが一番やっかいだ。
そう思い込んでしまっているわけだから。

自分の周囲に起こることはすべて自分の責任。

こう考えると、責任の範囲=無限である。
この世で生きていること自体が責任である。
会社と社員と家族と周囲の社会環境は、すべて経営者であり個人である自分をを写す鏡。

何でもかんでも勝手に他責にして、責任を負うことを嫌う人間は、そうやって生きてそうやって死ねばいい。きっと自分が死ぬことも誰かの責任にするんだろうな^^;

この責任の範囲に応じて、社会の中での価値が決まる。
その価値が現代では一般的には報酬に反映される。(報酬を得たいと言うより、結果として報酬がついてくる)
戦国時代で言えば、義理を重んじて、死を恐れずに武士としての責任を全うして勇敢に戦ったものだけが、各地大名から評価されて、下級武士からでも何千石といった侍大将にまでのし上がったわけで、現代であれば死を恐れずに....ってことが無いだけでも全く持って気楽なわけで、そういう社会の中で如何に自律し、自責し、責任の範囲を深いレベルで広げられる人間だけで、高い報酬を得ていいんだと思う。
殺伐とした社会の中で、"義"を失い、"恥"をさらしてでも拝金主義に走る。
そんな人間が、一国一条の主として会社を守れるわけもない。
いかなる時も、自らの"義"と真剣に向き合って"筋"を通そう。
それが会社と社員と社会を守ることができる、経営者の責任であり"徳"である。

  • 投稿者 shibuya

まだまだ!

2008年06月14日

昨日は「死ぬ覚悟」なんて、偉そうなことを書いたけど、正直そんなもんまだあるわけもない。
でも、「死ぬの免除」って制度がないんで、誰もが必ず死んで無になる事実を受け入れるかどうかってことは、ちょっとリアリティを持って考えられるか.....怖いけど^^;

ここ最近学習意欲が薄くなっていたかも知れない。
この年齢で何かの慢心が生まれていたように思う。
だから、考えやフィロソフィの部分で、自分に新しい納得感のあるものが生まれてきてなかった。
もっと知識を!
以前は毎日本を読んで、webサイトで調べて、人と積極的に会ってと、貪欲に知識を貪っていたことを思うと、今はやはり慢心だろう。
もう一歩二歩階段を昇らないと。
それを怠らずに進むことで初めて「死ぬ覚悟」なんて言葉が使えるんだと思う。
そう思えば、まだまだ。
初心に帰ろう!

  • 投稿者 shibuya

死ぬ覚悟

2008年06月13日

ちょっと前に社内の報告でも書いたのと同じようなネタだけど、最近とてもこういうことを考える。

自分は現在44歳。
一般的には一線で働けるのはあと20年。半分は過ぎてきたって感じ。
人生を親父が死んだ66歳と思えば、生きれるのは後22年。
根性で^^;がんばったとしても、後30年程度が自分の人生を終えるとき。

人間は必ず死ぬ。
死んで、すべては「無」になる。
宗教観があればいいのだが、あいにくの無宗教。

どのみち死ぬのは決まっているのであれば、生きている間をどれだけ大切にできるかと、自分を全うする生き様を貫きたい。
同時に死に方もである。

昨今、武士道なるものも日本人の生き様として注目を集めている。
「武士道とは死ぬことなり.....」なんだかエライ人がいったみたいだけど、そんな訳は無い。
たくさんの武将が死ぬことを怖がったはずだ。
それでも宗教観も含め、周囲にバタバタ死んでいった戦国時代には、それを受け入れられる環境は現代に比べればあったんだと思う。

現代においてはどう考えるべきか?
「胆力」なんて言葉は、どうこう抜きにして好きな言葉だ。
この年になれば、かなりリアリティが沸いてくるが、「無」になるのである。
この無常と怖さは計り知れない....
戦国時代のように、斬った張ったではないが、実際にはこれからますますそれに近い覚悟の時代が到来する予感がする。
その時代に、自分がどうやって死ぬ覚悟を持って胆力を発揮できるのか?迫力を持てるのか?
ここに絶対的な覚悟が無かれば社長なんて務まるわけもない。
戦国時代で言えば一国一条の主であって大将なわけで、部下の生き死にまで大きな意味での責任を持ててなければ、社長なんてやってはいけない時代だと思う。
それができないのであれば、安易に「社員の生活に責任を持つ」なんて言ってはいけないんだと思う。

まずは自分自身が死を覚悟した上で、日々を全うできる覚悟をリアルに持てて、考動できるかだ。

  • 投稿者 shibuya

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