ブログの渋谷

自己表現

2006年09月06日

ちょっと日常的な話題であるが、自己本位とか、自分勝手という分野で、自分の考えからすると、ありえないような行動・言動を起こす人がいる。
たぶん悪気はないんだろうけど、かなり気分悪し。

わがままとか自分勝手が許される人と、そうでない人って必ずいる。
許されるのは、当該分野またはその他の人間の営みにおいて、誰もが納得のいくその人を認める要素があって、自信を持った言動を取るケース。
まぁ、表現の仕方もあるだろうけど。
許されない人は、まったくもって口先だけとか、他人に対する熟慮がない問題外のケースである。

同じわがままを言っても、この人となりで捉えられ方が変わる。
また、後者であっても、取りあえずは表現の仕方がうまくて何となく納得させてしまっているけど、本質的には全く力が伴っていないタイプは実に多い。

同時に、この捉えられ方は、都度変化もする。
特別な分野に能力が高く功績もある人なら、少しくらいのわがままも自信の表れとして、逆に人への影響力として良い評価を得る場合も多い。
しかし、これも度が過ぎたり、表現の仕方を間違ったりすると、次第に功績も色褪せ、「あの人は変わってしまって、せっかくの功績に自らドロを塗っている」となってしまう。

周囲を見渡せば、こんな話はいくらでもある。
さて、自分はどうか?


常にバランスを意識し、自己のわがままは自分の自信の表現と達成させるための有言実行のためであり、自己満足だけのわがままに陥らず、利他の精神を持った言動を心がけたい。
同時に、下らない他人のわがままからは、できるだけ遠ざかりたいし、そういうレベルを受け付けない毅然さを身につけたい。
  • 投稿者 shibuya

人生と仕事

2006年09月04日

自分の人生は何の目的のために過ごされているか?
仕事は目的か手法か?
最近の日本の若者であれば、仕事は仕事で余暇は余暇、適当に仕事して適度な収入を得て、家族と自分の生活を楽しむという傾向が強いと言うのは、よく見かける調査結果だ。

さて、自分はどうだろう?
「仕事に打ち込む確固たる決意ができた!」などと言ってる割に、勝手に自分自身に言い訳して、人生の貴重な時間を浪費していることに情けなさを感じる。

仕事は目的か手法かなんてどっちでも良い。
自分自身のぶれない信念に対して真剣に取り組むかどうかだけで、それを表現するのは人生そのもののはずである。
今の自分では、その人生の中で再重要な活動が仕事であるし、余暇においても同様自分を磨き続けることにのみに時間を費やしたいものである。

まだまだ深みがない。
原理原則がしっかりしてないから、日常がぶれる。
絶対に曲げないプリンシプルを信念として、より深みに日常の思想と戦略を展開しなければ。

格差社会などと言われているが、人間誰にも平等なことはいつかは死ぬという事実である。
この事実こそが絶対的な平等性であり、限られた時間をどう生き抜くかは、誰にも同じように機会がある。
書を読み知性を得て、人と会い感性を得、プリンシプルに照らした自分の考えを構成し、実行し、実現させることに、もっと思い切って時間を使い、実践する必要がある。
  • 投稿者 shibuya

健康

2006年08月30日

今月は、2度中国へ行ったり、夏季休暇で家族旅行を久々にしたり、さいたまへ世界バスケを日帰りで見に行ったりもした。
仕事では、会社分割がいよいよ本格的に日程も決まり、事業構造の見直しや戦略面の整備、さらに組織体制、各種管理体制の整備など、今後進めなければならないことがより明確になってきた。
何となくバタバタとしながら、今までのリズムと違う生活を送ったからか体調が悪い。
今日、近くの病院で診察・検査を受けた。
診察では、症状から原因が“ストレスと過労”らしいが、たぶんそんなことはない(笑
ただ、長引くかも.....と言われたので、相当イヤな気分。

体調を崩して珍しく総合病院に行ってみると、色々な場面、患者さんが目に止まる。
普段健康に生活できていることが当たり前だと考え、病気になっても絶対に自分の芯の強さは失わないと思っていたが、そんなに甘いもんでもないなぁと感じた。
長く闘病生活続け、肉体的にも精神的にもボロボロの状態になって、仕事のモチベーションとかそんな次元ではない意識レベルで病魔と戦わなければならないなんて、全く想像できない。
ほんと、仕事ができていることに感謝しなければ。
また、その時間を大切に過ごさないといけないなぁと実感した。

精神的には、気張りすぎずに、心の余裕を持ちながら、自分のミッションを明確にし、怒らず、腐らず、自分の非を客観的に認め、下らないプライドを捨てて、取り組めるようになりたい。
ぜんぶ、できてないことばかりであるが、そんなことだからストレスが原因とか言われてしまうのかも....

そういう精神状態で、困難な仕事を意図も簡単にやり遂げるくらいであれば、きっと本当の精神の強さも得られるような気がする。
そうなれば、体調を崩しても不安になることもない?かも??
  • 投稿者 shibuya

社内研修

2006年08月15日

松下政経塾の塾頭だった、上甲先生にお越し頂き、2日間に渡って社員研修を実施した。
上甲先生は「志ネットワーク」を主宰しておられ、現在も多くの若者と時に寝食を共にしながら人間教育を実践しておられる。
今回の社員研修には、20代30代スタッフ中心に46名が参加し、非常に有意なものであった。

http://www.kokorozashi.net/

話の内容はここでは触れないが、一番反省し勉強させてもらったのは、社員研修と言いながら自分であると思う。
なかなか、日々に流されて「言行一致」ができていなかったと反省しきりである。
オーナー社長は、それこそ下手をすれば誰にも注意されないので、より自らを律する姿勢が大事だ。

いずれにせよ、今までの当社グループの状況からすると、こういう社員研修を行える風土というか、基盤すらなかったように思う。
2日目の研修に社内会議が長引き、7~8名が5分の遅刻をした。
全員が、そのことについて大いに反省していたと共に、一人として遅刻した言い訳をしなかったことに、少しずつであるが当社グループの「人づくり」が浸透し始めているように感じた。

今後も、できる限りスタッフのモチベーションを上げ、成長を実感でき、生きることと働くことの意義を見出せるためのサポートを会社は行わなければならない。
グループ全体的にまだまだなフェーズであるが、少しずつ歩みを進め、この3年間で私が言ってきたことを実践できてきたことと同様に、次の3年間も必ず約束を果たしたいと思う。
今、27才の社員は65才までまだ38年ある。
2044年にも、必ずや“望む会社の姿”に近づこうとしている風土が息づく会社でありたい。
  • 投稿者 shibuya

中国訪問

2006年08月09日

先週から今週にかけての5日間、中国は天津・北京を訪問した。
堺市のある使節団としての訪問である。
今までの訪問時には、中国側に気心の知れたスタッフがいたり、日系企業がアテンドしてくれたりと、考えてみたら比較的「きちんと準備された」訪問が多かったが、今回は中国側(天津市)の対応と日本側に若干の調整不足もあり、いろいろと課題が多いものであった。
しかし、こういう時だからこそ、本音というか国民性というか、いろいろネガティブな要素が良く見えて、なかなか興味深いものがある。

やはり「大陸」であり、自己主張、自己顕示、合っていても間違っていてもハッキリと物事を言って議論を戦わすという国民性は息づいている。
また、強い階級社会であり、権力に対する意識も相当強い。

こういう国と日本との違いは、ほんとうにハッキリしている。
私自身は、日本人の良い部分(島国だからこそ培われた協調性と、本物の芯の強さ)は、これからの国際社会においても、とても重要であると考えている。
※その良さも急速に失われつつあるが....
上っ面だけ取り繕って、本物感が希薄である国と、明確に一線を画することができると思っている。
※もちろんすべてがそうだとは思っていないが、相対的に。

今回の中国訪問で、さらに日本人であることの意義を感じることとなったが、それは国内でいくら言ったところで、何の差別化にもならない。
やはり、海外で事業をするなり、生活をするなりで、大切だと感じている要素を芯に持ちながら、生き抜いて見なければ始まらない。
同時に、若いスタッフにこれから10年20年の事業を見据え、本当の国際人を育てるくらいの気概も必要であるし、日本のマーケットだけしか見据えないようでは、国と運命を共にしなければならず、それではリスクを感じてしまう。
その為にも、現時点でより国内でのしっかりとした基盤を構築しなければ、すべてが口先だけに終わってしまう。

やらなければならないこと山積である!
  • 投稿者 shibuya

読書

2006年07月24日

ビジネス系読書の時間がどうも減っている。
と言うか、今までみたいにきちんとした読み方が出来なくなってきているような...
集中力が持続しないとか、興味のある内容なのにある程度予想してしまっている節も。

ある人に言わせると、ビジネス系の読書は目次読みと斜め読みで、興味ありそうな部分だけを読む。
その代わり、いつでも目に留まる所に置いておき、いつでも引っ張り出せるように.....だそうだ。

文字を読むのが億劫になるのは、本当に怖い気がする。
勉強する時間が減るのは、傲慢な意識が根底にあるから、モチベーションの源泉が揺らいでいる証拠だろう。
外に対する表現はともかくも、自分自身に対してはもっと正直に、素直になっていなくてはならない。

こういう事象を感じるたびに、集中力・記憶力・素直な感性などは、年齢と共に低下することがよくわかる。
年齢と共に経験則が多くなり、判断力が増すというのは一般的だが、その反面こういう能力が削がれるようでは、成長ではないような気がする。
強い意識を保ち続けることで、低下する能力を維持することは、必ず可能だと思う。
  • 投稿者 shibuya

センス

2006年07月15日

先日あるコミュニティでたくさんの初対面の方々とお会いした。
いわゆる社会的に地位が高かったり、仕事の内容が社会に影響力の強い方であったり、お金持ちだったり....と言う方ばかりだったが、とにかくセンスの良い方が多かった。

ここで言うセンスってのは、対人関係の中で相手の考えを理解した上で、微妙なバランスを保ちつつ、心地よいトークとウィットに富んだユーモアがあり、主張はするけど引き所を知っているって感じか。
これを、対面で出来る人と、ネット上で出来る人、あと両方で出来る人もいる。

やはり「引き出しの多さ」と「ボキャブラリの多さ」が大切で、豊かな発想と相手の話を聞きながら機転の効いた反応ができることがセンスの表れかなぁと思う。

これからもっと人的関係性を構築する必要がある中で、事業であるが故に主張すべき事項は確かにあるし、信念を見せる場面も必要ではあるが、このセンスによるファーストインプレッションと、まずは気軽に話が始まる状態を構築するためのセンスは身につけたいものである。

いろいろと大変なことも多いが、おおらかに且つセンスのいい表現を心がけよう。
  • 投稿者 shibuya

やる気!

2006年07月09日

やる気があるとか、無いとか、そういうことで結果は見違えるほど違ったりする。
解決しない問題は無い!と言うのは、当然のこととして、どこかにブレークスルーのポイントがあったりするものである。
特に先週から、やる気と言う意味では、相当なモチベーションで、やる気が漲るってこういう状況を言うんだろうなぁ~と思う。
まぁ、あんまり浮き沈みがあってはいけないけれど...
守るべきものが何かが明確になると、結構楽なもんである。

7月から新たに4名が加わり、また気持ちが強くなる。
これから数ヶ月、かなりの変化があると思うが、一歩ずつ進むだけで、その過程で当たり前だけど、やる気が充実することは良い流れだ。
  • 投稿者 shibuya

素直な心

2006年07月03日

昨日、某高校へバスケットの練習で行って来た。
今年の大阪インターハイ予選1位の高校である。
掲げられた部旗に「素直な心」と記されていて、考えさせられるものがあった。

これは高校体育会の部活動での話しだが、会社や仕事ともある種の共通点はある。
物事を斜めからみたり、余計な言い訳をしたり、言い訳ができるような環境があったり、何かを守るために余計なことを考えなければならなかったり.......そういう要素が素直な心を持とうとする意識を阻害する。

“素直な心”とは、やるべきミッションがシンプルに明確で、深い落ち着きの中から、その先にある目的に向かって素直に努力する姿であろう。
部活動であれば勝つ事であり、会社であれば利益を上げて満足のできる報酬を得て自らと自らの家族が幸せで文化的な生活を享受し、更にその過程での仕事を通じた社会への価値提供を実現する。
部活動でも仕事でも、それらの過程の中で自らが成長し、更に周囲へ良い影響を及ぼすことで相乗効果が生まれる。
その大前提は“素直な心”を持つことであろう。

体育会の部活動であれば、身体能力やセンスの差を埋めるのは簡単ではない。
いくらがんばっても、いつまで経っても2軍暮らしで、試合で勝負できない人もいる。
それと相対的に見れば、仕事ではがんばりが反映されやすいと感じる。
少々能力が低くても、素直に自分のミッションをこなしていく姿勢一つで、いくらでも1軍で活躍できるチャンスがある。

重要なのは「考え方」である。

そして私は、素直に努力しやすい環境を提供し、会社を信じてもらえるだけの体制作りや真摯な考え方を常に実践する努力を人一倍行わなければならない。
本当に多くの人の人生にコミットするという気持ちを、心に深く芯として持てているかを自らに問いかけるとまだまだ反省点が多い。
自分自身も“素直な心”を忘れかけているなと感じる。

強いチーム、組織は、素直に信じることに対して力を発揮できる風土がある。
ルフィも、ロビンを助けていいとわかって余計な気持ちが消えるとあんなに強いんだから^^;
  • 投稿者 shibuya

経営者!

2006年06月21日

我々のような会社なので、経営者=社長=株主と考えた場合。
経営者は自分のミッションはある程度自分で決められて、自分の仕事量もある程度コントロールできる。
実は、そこに明確な線引きを自ら行い、経営者として重要な業務を遂行することに注力することが、自らへの甘えを払拭するものだと感じる。
会社の雰囲気を作るのも私ではないし、実務をできる限り自分で考え、収益の上がる方向へ考動するのも、私のミッションではない。

多くの経営者は、意外と実務をやらないと気が済まなかったり、こだわりがあったり、心配で任せられなかったり、関わりたかったりするもので、それは責任と権限を委譲できない経営者の甘え、及び透明性を推進したくないという方針である。

※もちろん、我々のような規模の会社であれば、実務はウォッチはするし、報告連絡相談をしっかりと行い、状況の理解は常に行う。
その上で問題が発生した場合には、喜んで責任も取るし、問題回避のための努力は怠らないのは当然である。

風土・文化を培う考え方を養う会社のフィロソフィーを明示し、会社の事業ドメイン、ミッションを明確にし、収益の上がる事業構造のための仕組みを考え、モチベーションの上がる人事制度を設計する。
より、会社のプレゼンスを上げるための戦略を練り、人的ネットワークを構築して協業関係を模索する。
また、実務を効果的に行うためのファイナンシャルな戦略を検討し実践し、コンプライアンスを徹底する。

「仕事を続けるための断固たる決意」は、基本的な芯として持つ。
どういう戦略で進むのかの検討と、その手法及び個々のミッションの明確化を間違わない。
自分自身が、本当に“断固たる”と思うのであれば、より強い姿勢で臨むのみである。
  • 投稿者 shibuya

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