ブログの渋谷

いじめ.....

2006年11月02日

世間では、いじめによる自殺とか、それにまつわる顛末が毎日のように報道されているようだ。
〝ようだ〟というのは、テレビを見てても、そういうニュースからはできるだけ遠ざかりたいので、見ないようにしている。
私にも小学6年と幼稚園の息子がいるので、ことさら心が痛む。
痛みと共に、やり場のない憤りを感じてならない。

いじめそのものは昔からずっとあるものだし、私が小さな時もフツーにいじめたりいじめられたりしていた。
自殺って話になるとちょっとわからないけど。

少なからず問題であると感じるのは、逃げ場のない社会になりつつあることと、許容が明らかに少なくなっているのではないかと感じることである。
人間力や胆力などと言うものがもはや死後になりつつあるほど、存在しなくなり始めているように思う中、世間は格差社会へと突き進み、損得がすべての価値観であるかのような風潮がある。
大人がそして社会が、子供たちに逃げ場のない世界へと導いているように思う。

もちろん、大人も同様であるが、大人は実際に死ぬことの怖さを良く知っているので、精神的疾病などでない限り、かなり違った感性、死生観又は歪な責任感を持たないと、死にいたらしむことは少ない様にも思うが、子供にはそもそも選択肢が少ないのである。

この社会の風潮を作り出している大きな要因のひとつに、メディアの報道の在り方と、誰もが組織やプライドや立場など人が作り出した社会の仕組みに翻弄されて〝人〟として何が大切かを見失っている姿勢があるように感じる。


このいじめとか子供たちの自殺の話については、決して他人事ではない。
大人が社会が、全体で責任を感じるべき問題であり、まずは自分の立場で何ができるかを考え実践すべきである。
そう思うと、日々の社員との接し方でも反省すべきことがたくさんある。
自分も許容と徹底、硬と軟、オンとオフ......何事もバランスの中で、人間力を磨き、自分には徹底して厳しくを実践しなければいけない。
  • 投稿者 shibuya